2.メラメラと、燃える炎はガッツ色
わたしのオトーサマ。
ストルーエン伯爵様。
伯爵ってだけでもすごいのに、オトーサマは様々な事業に関わっておられる。
鉄道や、紡績業への投機。海外との交易。
身分こそ伯爵だけど(??? 伯爵様ってすごいと思うのだけど?)、オトーサマは巨額の富を蓄え、そしてオカーサマと熱愛の末に結婚して、一人娘、ノエルが生まれた。
人生、順風満帆。前途洋々。
だけど。
七年前に、愛娘のノエルが、何者かに攫われてしまった。
お金目当ての犯行。
ストルーエン伯爵家にたんまりお金がある。それを狙われたらしい。
必死に我が子を取り戻そうとしたオトーサマ。
身代金も用意して、警察にも協力してもらって。
頑張って、犯人たちを捕まえたのはいいのだけれど。肝心の娘がどこにもいない。
犯人たちに隠し場所を吐かせようとしたのだけれど。伯爵の娘だ、大事だと、躍起になった警察が、犯人たちを強く責めたせいか、犯人たちは娘の隠し場所を吐くより先に血を吐いて全員亡くなった。
そして、娘ノエルの居場所がわからなくなり、懸命に捜すなか、オトーサマの奥さん、オカーサマは病気で亡くなったのだという。
(オカーサマ……)
どんな人だったのだろう。
回廊に、大きな肖像画がかかっていたので、どんな顔して、どんな髪色だったのかはわかった。
わたしと同じ栗色の髪、わたしと違う水色の目をしたキレイで優しそうな人だった。
(会いたかったな……)
どんな人だったんだろう。
最愛のオカーサマを亡くされて。再婚を望まなかったオトーサマは、親戚の子を養子に迎えた。
消えた娘を捜すことは諦めてなかったけれど、それでも跡継ぎは必要となった。
そこで。
オトーサマ親戚、オトーサマの父親の弟の妻の実家の兄の娘の嫁ぎ先の夫の兄の孫、セシュレイを養子に迎えた。
……それって、親戚? 血縁なくない?
微妙なところだけど、セシュレイは優秀だった。――悔しいけど。
跡継ぎとして立派に成長するようにと、オトーサマの期待を背負って、全寮制の学校に進学することになったセシュレイ。
聴いた話だと、首席で学校に合格したんだとか。
うう~。なんか腹立つ。
わたしは、進学などさせてもらえず、屋敷で家庭教師がつけられたってのに。
わたしの学力。
オトーサマに引き取られて、お嬢様らしく暮らせるようになったけれど、それまで下町で生きてきたせいで、自分の名前も書けない状態だった。
令嬢らしいマナーも知らなければ、文字も知らない。
オトーサマはそんなわたしに、「今まで離れていたのだから、勉強のためだからってこの先離れて暮らすのは嫌だ」とか理由をつけて、家庭教師をつけてくださった。
本当のところは、「このまま学校に入ったところで、勉学にはついていけないだろうから、家で教師をつける」だと思う。
オトーサマは、わたしが「ノエル」と拙い字で名前を書いただけで、「家宝にしよう!」と喜んでくださったけど。
(アイツは、それを鼻で笑ったのよね)
――下手くそって。
わかってるわよ。
下手くそなぐらい、わかってるわよ。
間違っても家宝にするには、笑っちゃう程度のミミズののたくったような字だってことはわかってるの!
十歳にもなって、名前すら書けない、書いても下手くそだってのが大問題だってこともわかってるの!
でも、わたしが生きてきたあの家で、誰も文字なんて教えてくれなかったし。教えてくれたのは家事と刺繍だけ。それも、「教えてくれた」んじゃなくて、「覚えないとぶたれる」から必死に学んだだけ。キチンと、お母さんたちが納得するようにできないと、ぶたれて、殴られて、何も食べさせてもらえなくなるから。
(大っ嫌い!)
あんなヤツ! あんなヤツ、大っ嫌い!
だから、アイツの学校が始まって、寮に入るから家に帰ってこないってなって、すごくうれしかった。
ちょうど、わたしが家に戻れたのと交代するように、アイツは進学で家を出た。
(これで、オトーサマと二人っきりね!)
わたしのやること、なんでもうれしそうに受け止めてくれるオトーサマ。
オトーサマに、ちょっとしたお礼のつもりで、ハンカチに刺繍して贈ったら、「こんなステキなハンカチ、使うのはもったいない!」と額装されてしまった。
前の家で、どれだけ素晴らしく思える刺繍をしても、サッサと売られて終わりだったから、その落差に目がチカチカしたけど。
――ノエル。私の宝物。
オトーサマが抱きしめてくれる。
オトーサマがほめてくれる。
それがうれしい。
オカーサマがいないのは寂しいけれど、オトーサマがオカーサマの分までわたしを大切にしてくださる。離れていた時間を埋めるように、わたしを愛しんでくださる。
オトーサマに抱きしめられて。
その腕の中で、オトーサマに頬寄せながら、何度も胸の内で怒りの炎を燃やす。
(アイツ、絶対見返してやる!)
離れて暮らすアイツをいつか見返してやる!
学校に通ってないからって。下町で生きてきたからって!
次こそ、アイツに鼻で笑わせたりしないんだから!
「悪かった」「バカにしてすまない」なんて謝ってほしいわけじゃないけど。それでも、見直しては欲しいのよ!
文字。計算。地理。歴史。
絵画。詩作。マナー。
乗馬。ダンス。
オトーサマに褒められるのがうれしくてってのもあったけれど、いつかアイツを見返してやりたくて、必死にいろんなことを学んだ。
令嬢らしい教養を。令嬢らしい振舞いを。
学校には通えなかったけれど、だからって、アイツにバカにされるほどでもないぐらい、立派に。
オトーサマの娘として、恥ずかしくないように。オトーサマが手放しで喜んでくださるように。
そして、八年が過ぎた。
明日。
アイツが。
二十一になったアイツが屋敷に帰ってくる。
今年の春先から、お父さまの具合がよろしくないから。
爵位を継ぐために、兄、セシュレイが帰ってくる。




