↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/10

1.オニーサマとの出会い

「さあ、着いたよ。ここが君の家だ」


そう言って、いっしょに馬車に乗っていたオジサン――じゃなかった、オトーサマが扉を開いてくれた。


「あ、ありがとうございます」


お礼を言って、先に降りる。

(覚えている限り)人生初めての馬車。

馬車ってのは、道を歩くとき、轢かれないように気をつける乗り物であって。自分が乗りこむものじゃなかった。そして、轢かれたら大けがどころじゃすまない怖い外見と違って、中はフカフカの椅子があって、歩くよりも早く動いて。とにかく、ワクワクするものだったのだけど。


「わあっ……」


それよりももっと大きな衝撃。

目の前にある、大きな、大きな、とっても大きなお屋敷。

そして。


「お帰りなさいませ。旦那様。お嬢様」


入口から外へ。

ずらっと並んだ、たくさんの人。人。人。

「旦那様」は、わたしの後ろからついてくるオジサン、オトーサマのことだとしても。「お嬢様」は? ――わたしのこと?

驚き、確かめたくてふり返ると、オトーサマが「そうだよ」と軽く頷いた。


わたし、ノエル。

お父さんとお母さん、それとお姉ちゃんと四人で暮らしていた。

家族のためだからと、洗濯したり、掃除したり、売り物になる刺繍をしたりしていた。

けど、それがうまくいかないと、「お前のためだ」と叱られ、ぶたれ、罰だと言って、顔の映りそうな薄い粥すらもらえなくなって、寒く冷たい部屋に押し込められたりもした。

それが普通の「家族」の暮らしなんだと思っていた。

けれど。


――やっと見つけた! ノエル!


ある日突然、オトーサマがわたしの家に来た。

わたしはオトーサマの子で。

オトーサマは「ハクシャクサマ」で。

オトーサマの子、ノエルは、三歳のころに誰かに誘拐されていなくなっていて。そのノエルを、オトーサマはずっと捜していて、やっと見つけたのがわたし……なんだって。


――ノエル違いじゃないですか?


ノエルはノエルでも、わたしはグズでノロマなノエルですよ?

立派な服を着たオトーサマの娘のノエルじゃありませんよ?

わたしの家族は、お父さんでお母さんでお姉ちゃんだよ? 

わたしがダメなところは叱って殴ってくれる、わたしのことを思ってくれる家族だよ?


そう言ったら、オトーサマはとても悲しそうな顔をして。


――これが、君が私の娘である証拠だ。


わたしの服の袖をめくった。

オトーサマが見せたのは、わたしの左手首のあたりある、不思議な形の痣。


――これは、ノエルの印だ。


印? これが?

お父さんたちには、気味悪がられていたのに?


――こんなに大きくなって。


オトーサマが愛おしそうに印を見つめ、手のひらで撫でる。


――印はね、かわいく、小さくて、「まるで天使の羽のようだ」と妻と言ってたんだよ。


天使の羽?

妻? ――奥さん。オカーサマ?


――どれだけ成長して姿が変わっても、この印だけはわからない。私の愛しい娘の証だ。


そうなのかな?

何度も撫でられても、「そうなんだ」とは思えなかった。

お父さんもお姉ちゃんも気味悪がっていたし。お母さんにはこの痣のせいで「できそこない」ってぶたれていたし。


――君はできそこないじゃない。


そう言って、わたしを抱き上げたオトーサマ。

最初は「ストルーエンハクシャクサマ」って言ってたけど、わたしを抱き上げた時、「これからは『お父さま』と呼んでくれないか」と言い出した。

だから、オトーサマと呼ぶ。

そんなわたしを、こんな立派なお屋敷に連れてきたオトーサマだけど。


「まあまあ! お帰りなさいませ、旦那様。お嬢様!」


開いた扉から飛び出してきた、ふくよかな体のとってもふくよかな胸の女性。


「よくぞ、お帰りくださいました」


わたしとオトーサマの前にくると、目に涙まで浮かべ始めた。


(この人が、オカーサマ?)


オトーサマといっしょに、わたしの痣を愛しんでくれた人?


「サウラ。悪いがノエルの風呂と着替えを。それから食事も頼む」


「はいはい。ご連絡いただいて、すべてご用意しておりますよ」


サウラさん? がオトーサマに答える。

そして、優しく温かく、丸っこい手で、わたしを屋敷の中へ入るように促すけれど。


「大丈夫だ。サウラは、この屋敷を長く取り仕切ってくれている家政婦長だ。ノエルの面倒を見てくれる、いい人だよ」


戸惑うわたしに、オトーサマが説明してくれる。

わたしを安心させようと、微笑んでくれるオトーサマ。温かなサウラさんの手。

大丈夫……なのかな。怖くないのかな。

すんなり受け入れるのは、まだちょびっと怖い。


「――お帰りなさいませ、父上」


その屋敷の中。外より少し暗い中から、もう一人誰かが現れた。

若い、男の子?

少年と言った方がいいのかもしれない。わたしより少し年上の、キレイな身なりの少年。


「おお、セシュレイ」


出てきた少年に、うれしそうなオトーサマ。両手を広げて、その子が近づいてくるのを待ち構える。けど。


「その娘が、ノエル?」


数歩手前のところで立ち止まった少年、――セシュレイ?

わたしに満面の笑みで近づいてきてくれたサウラと違って、キレイな形の眉を寄せて、ものすごく嫌そうな顔を作った。


「ノエル。紹介しよう。彼が君の兄、セシュレイだよ」


ソイツの表情の変化なんて気づいてないのか。うれしそうに紹介してくださったオトーサマ。


「兄? オニーサマ?」


わたし、オトーサマとオカーサマだけじゃなくて、オニーサマもいたの?


「彼は私の遠い親戚の子でね。君がいなくなってから、この家に養子に入ったんだ」


シンセキ? ヨウシ?

わからない言葉だらけ。でも。


「じゃあ、オトーサマの子どもじゃない?」


わかったことはそれだけ。

遠いシンセキの子だから、オトーサマの子じゃない?

わたしがオトーサマに問いかけると、聴いていたセシュレイの体がピクッと揺れた。


「お父様の子だよ。今はね」


わたしの質問に、オトーサマが優しく答える。


「セシュレイも。ノエルも。二人とも、お父様の大事な、大切な子どもだよ」


そうなんだ。

じゃあ。


「よろしくおねがいします。オニーサマ」


手をセシュレイオニーサマに差し出す。

わたしがオトーサマの子で、オニーサマもオトーサマの子なら、仲良くしなきゃダメでしょ? そして、仲良くするには握手からでしょ?


(――って、あれ?)


差し出した手に気づかなかったのか、フイッとそっぽを向いたオニーサマ。


「本当に、この娘がノエルなのですか?」


オニーサマがオトーサマに問う。

――?

わたし、ノエルですけど?

わたしがオトーサマの子がどうかは、よくわからないけど。腕にある痣がそうだってオトーサマが言ってたのだから、間違いないのでは?


「じゃあ、君も見てみるかい? 腕にある、ノエルの証拠を」


オトーサマが、わたしの左腕を優しく掴む。

袖をめくって、痣をオニーサマに見せるつもりなんだろう。

天使の羽? らしい痣を。


「結構です」


冷たく、短く返したオニーサマ。

腕の痣を確かめるつもりはないらしい。そのままスタスタと元来た階段を登って屋敷に入ってゆく。


「ただその小汚い子どもが、ノエルだなんて信じられなかっただけです」


階段を上がる途中ふり返ったオニーサマ。


(なっ、なんですってぇっ!?)


その吐き捨てられた言葉に、一気にカッと頭に血が上った。

小汚いって! 悪かったわね、小汚くって!

そりゃあ、アンタに比べたら、とっても小汚い子どもでしょうよ!

服だって、つぎが当てられてるし、ボタンなんて高価なものは使えないから、紐で留めているし。袖だって。オトーサマは丁寧にめくろうとしたけれど、袖はビリビリに破れていて、裂け目から痣がチラチラ見えてるし。

アンタから見れば、小汚い子どもでしょうよ!


「坊ちゃまは、新しくできた妹に戸惑っておられるだけですよ。いつもの坊ちゃまは、賢くお優しい方です。馴染まれたら、ノエルさまのこともちゃんと大切にしてくださいますよ」


そうサウラさんが言う。けど。


(わたし、あのオニーサマ、大っ嫌い!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。