第28話 生まれ変わる朝
その朝、私は夜明けとともに目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む光は、昨日までとは違う色をしていた。見たこともないほど澄み切った青空。今日が私の誕生日だということを、私はここ数年、意識的に忘れるようにしていた。祝われることよりも、自分の存在を消すことに必死だったからだ。
けれど、今日の私にとって、この日は何よりも神聖な「始まりの日」だった。
部屋を見渡す。クローゼットの奥も、引き出しの中も、私という少女が育んだ多くの痕跡は、すでに消えていた。
母に気づかれないよう、少しずつ、まるで彫刻を削るようにこの部屋から「私」という存在を隠し続けてきた。最後まで残したのは、私の思考のすべてを詰め込んだ桜色のノートと、今日という日のために用意した、自分らしい服だけだ。
鏡の前で髪を整える。
そこに映る自分の瞳を、私はじっと見つめた。そこには、以前のように怯えて俯いている少女はいない。唇をしっかりと引き結び、揺るぎない決意を宿した、一人の大人の女性が立っていた。
リビングからは、母が朝食を作るカチャリという音が聞こえる。
私は大きく深呼吸をし、肺の奥まで空気を満たした。それは、この呪縛に満ちた家で吸う、最後の一呼吸になるだろう。
『今日、私はこの檻を出る。
母に、すべてを打ち明ける。
もう、顔色を窺うのは終わり。謝ることも、泣くことも、期待に応えることも、すべて今日で終了だ』
桜色のノートの新しいページに、最後の一行を書き添える。心臓は激しく波打ち、全身の血が駆け巡っているのを感じるけれど、不思議と足元は大地に根を張ったように揺らがない。私はノートを閉じ、愛おしそうに撫でてから、バッグの奥深くにしまい込んだ。
私はドアノブに手をかけた。
この向こう側には、私を縛り続けてきた母という名の「重力」がある。けれど、今の私には、その重力から抜け出す翼があることを知っている。
ドアを開け、一歩踏み出す。
リビングの空気は、いつもより重く、湿っているように感じた。背中を向けたまま、母が私の足音に気づき、鏡のように微笑む。
「おめでとう、咲希。今日はね、あなたの好きな料理をたくさん作って、一日中、二人でお祝いしましょうね」
その言葉は、まるで私の逃げ道を完全に塞ぐための鉄の鎖のように聞こえた。かつての私なら、その言葉に安らぎを覚え、自分を差し出していたはずだ。
私はゆっくりと、椅子の背に手を置いた。手は、驚くほど静止している。
「ありがとう、お母さん」
私は努めて穏やかに、静かに答えた。
これから始まる会話が、母を、そして私という存在を、どう変えてしまうのか。その結末は分からない。母は怒り狂うかもしれないし、哀れな姿を見せて私を縛ろうとするかもしれない。
けれど、もう私は戻らない。
窓から見える青空が、私を呼んでいる。
私の物語は、今この瞬間から、誰の台本でもない、私だけの言葉で本当の意味で動き出す。私は深く息を吐き、母と正面から向き合うために、顔を上げた。




