第19話 十六歳の沈黙
新しいノートを買うたび、私はいつも震えるような高揚感を覚える。その真っ白な紙の束は、私にとってただの文房具ではない。母という絶対的な支配から、私自身を救い出すための、唯一の「聖域」だからだ。
十六歳の春、私がそのノートを手に入れたとき、それはまさに「反抗の象徴」だった。
当時の私の持ち物はすべて母の管理下にあった。「そんなの必要ない」「無駄遣いするな」と、私自身の意思で選んだものは、ことごとく否定されてきた。小遣いを必死に貯めて、こっそりと買ったその黒い表紙のノートだけが、私にとって唯一の、誰にも支配されていない「所有物」だった。
けれど、私はそのノートを開くことができなかった。
真っ白なページがあまりにも美しく、尊すぎて、汚すことが怖かったのだ。
もしそこに母への不満を書いたら、この純粋な場所まで母の毒で汚れてしまう気がした。あるいは、一度でも書き始めてしまえば、自分の中にある母への憎しみや、押し殺していた本当の自分が溢れ出し、もう二度と「いい子」には戻れなくなるのではないかという、根源的な恐怖もあった。
書きたくて、書きたくて仕方がなかった。けれど、私はノートを枕元の隠し場所にしまい、ただ眺めることしかできなかった。まるで、自分の心の出口を、その白い紙の束に封印していたようなものだ。
カレンダーはめくれ、季節は巡り、私は大人になった。
そのノートは、私の引き出しの奥で、七年もの間、ただ静かに時を刻み続けた。十七歳、二十歳、二十二歳……。私がどんなに深く傷つき、何度泣き叫びたい夜を過ごしても、そのノートは沈黙を守ったまま、ただ私を見守り続けていた。
転機が訪れたのは、二十三歳の冬だった。
佐藤さんの言葉に心臓が凍りつき、母の呪文に息が詰まりそうになった、あの限界の夜。
私は引き出しの奥から、色褪せ始めたそのノートを取り出した。表紙を指でなぞると、十六歳の私が抱えていた、行き場のない孤独が指先に伝わってきた。
私は震える手で、初めてペンを落とした。最初のページに一行を書き殴るのに、どれだけの勇気が必要だっただろう。書いてしまったら、もう戻れない。母に否定された私の「感情」が、紙の上に逃げ出し、そこから私は少しずつ「私」を編み直し始めた。
あの七年間の沈黙は、無駄ではなかった。
あの時、書けなかったページたちは、今の私のために用意されていたのだ。
今、私はあの頃よりもずっと滑らかにペンを走らせている。
汚すことを恐れた真っ白なページは、今や私の意思と、自由への計画で埋め尽くされている。昔のノートの角を指でなぞると、十六歳の私が、あの時言葉にできなかった思いを抱えたまま、ずっと私を待っていてくれたことが分かる。
――大丈夫だよ。もう、怖がらなくていい。
私は、あの時書き込めなかった言葉を、今のノートに力強く刻みつけた。
母への怒りも、自分への問いかけも、もう溜め込む必要はない。このページを埋めることは、母からの解放を加速させるための、最も確実で、最も美しい歩みだ。
私はもう沈黙しない。
七年間の空白を埋めるように、私はペンを走らせ続ける。私の言葉は、誰にも支配させない。




