もんもんぐんぐん
池の水面には、空が落ちている。それは水に映った青空だ。ミジンコのモンには、それが世界の天井。
モンは生まれたばかりのミジンコだった。体は小さく、透き通っていて、心臓だけが赤くぴこぴこと動く。
池の水はぬるく、光に満ちている。
藻がゆらゆら揺れ、小さな泡がのぼっていく。そんな中を、モンはせっせと泳いでいた。
ぴょこん。
ぴょこん。
ミジンコは脚を動かして進む。跳ねるような泳ぎ方だ。
ぴょこん。
ぴょこん。
「おーい、モーン!」
声をかけてきたのは、グンだった。丸っこい体をぶるぶる震わせながら近づいてくる。
「今日も泳いでるのか?」
「うん」
「よく飽きないなあ」
「だって、泳がないと沈むし」
「まあそうだけどさー」
グンはのんびりした性格で、水草の影に隠れてぼーっとしていることが多い。一方モンは、気になることがあるとじっとしていられない。
「ねえグン、水面の向こうってどうなってると思う?」
「知らないよ」グンは口をむにゃっと動かした。「行ったやつ、帰ってこなかったし」
モンは水面を見上げた。
きらきらと揺れる光。
何があるのかはわからない。でも光がある。光があるなら、きっと藻もある。
もんもんする。
その時だった。
水が震えた。
どん、と重い圧力が池全体に広がる。
黒い影。
巨大な口が水を吸い込みながら迫ってくる。
ミジンコたちは一斉に散った。
モンも必死に脚を動かす。
ぴょこん、ぴょこん、ぴょこん。
水流が周囲を巻き込む。仲間たちが次々と消えていく。
「グン!」
グンが流れに捕まりかけている。
モンは反射的に飛び出した。
水流は強い。
体が引っ張られる。
暗く、深い、巨大な口へ――
その時、水草の束が流れ込んできた。
影はそれを避けるように向きを変えると、泳ぎ去っていく。
二匹は必死に逃げた。藻の陰へ。泥の近くへ。
やがて静かになった。
「……生きてる?」
「たぶん」
モンは水面を見上げた。さっきまでと同じように、光は揺れている。
もんもんする。
なぜ自分は生きていて、他の仲間たちは消えたのか。水草が流れてきたのがたまたまで、それが無ければ自分が消えていた。
それだけのことなのに、もんもんが止まらない。
それから数日後、池に激しい流れが来た。
モンはどんどん運ばれた。気づけば知らない場所にいた。細い水路。冷たい水。
そこには色々なミジンコがいた。傷だらけのやつ。片脚を失ったやつ。それでも皆、ぴょこんぴょこんと泳いでいた。
「新入りか」
現れたのは、妙に細長いミジンコだった。名前はググといった。
「池に帰るには、どうしたらいいんですか?」
「お前は帰りたいのか」
モンは少し考えたが、帰りたいかどうか、よくわからなかった。池にはグンがいる。でも、光の揺れる水面は、この向こうにもある。
「わかりません」
「正直だな」
ググはそれだけ言うと、ぴょこんぴょこんと泳いでいった。
モンもぴょこん、と脚を動かした。
もんもんしたまま、ぐんぐん進む。
流れの先に大きな光が見えた。
モンは脚を動かす。
ぴょこん。
ぴょこん。
怖い。でも光がある。光があるなら藻がある。藻があるなら、泳ぎ続けられる。
それ以上のことは、わからない。
モンは光の中へ泳ぎ出た。
――広い。
池とは比べものにならない広さの水が、どこまでも続いている。巨大な影がゆっくりと横切っていく。上からは光が差し込んでいた。
グンもいつか来られるだろうか。
モンは呆然としたまま、脚を動かし続けた。
ぴょこん。
ぴょこん。
もんもんしながら、ぐんぐんと。




