もんもんぐんぐん
アニメ、日本昔話の「天狗の隠れ蓑」をご覧になられた経験がある、という方も多いと思う。
彦八は天狗に千里先が見えると嘘を言って、竹筒と隠れ蓑を交換する。隠れ蓑を身に着けた彦八は、調子にのってイタズラし放題。だが、蓑は燃やされてしまう。
彦八は灰を体に塗りたくり透明になることでイタズラを再開するが、結局バレて大変なことになる。
最後は天狗が筒からその様子を覗いて笑うという、非常にもんもんする終わり方だ。
賢明なる読者諸君は、すでにこの欺瞞にお気づきのことだろうと思う。
あの最後。筒は偽物だったはずにも関わらず、天狗は彦八の破滅を見て笑っていたのである。それはつまり、天狗がもともと千里眼の能力を有していたという動かぬ証拠。
ならば彦八と天狗、騙されていたのはどちらだったか自明の理というものだ。
天狗は最初から全てわかった上で、愚かにも騙されたフリをして隠れ蓑を彦八に渡す。してやったりと、のぼせあがりテングになった彦八を、天狗はせせら笑っていたことでしょう。
そもそも、仮に本当に騙していたのだとしても、天狗を怒らせてただで済むはずもありません。そこに思い至らないあたり、まさに小賢しいという言葉がふさわしい。
そうして、彦八が図に乗るにつれ、破滅の予感がぐんぐんと高まっていく。果たして、彦八が調子に乗った翌日、蓑は焼かれてしまう。
彦八はこの時もやはり頭が回らない、少し冷静になればその後の悲劇も回避出来ていただろうに、残念ながら彼はやはり小賢しかった。
あの狭い家で、家族が彦八が蓑を使っているのが分からないはずがない。それを無断で焼いてしまうものでしょうか?
そこから導き出される答えはひとつ。外で野焼きをしていた女性は母親ではなく、天狗が化けていた姿に相違ないのです。
もんもんと頭を抱えた彦八は、やがて持ち前の小賢しさを発揮し、ぐんぐんと破滅への道をひた走る。灰を体に塗りたくるという選択をするのだ。だが、その小賢しさも天狗の手のひらの上だ。
そうして、天狗はあえて筒を使ったフリをしてほくそ笑むのです。
最高の騙しというものは、その事自体に気づかれていないということなのですから。




