もんもんぐんぐん
古の伝説で予言されていたように、邪神ヴァルサーンが目覚めた。
彼の者の力は凄まじく、水は腐り、草木は枯れた。世界中に荒廃の嵐が吹き荒れ、人類は滅亡の縁に立たされていた。
——
闇の牢獄と呼ばれる、深淵級のダンジョン。
予言によると、ここに人類の希望が残されているはずだった。
凶悪なダンジョンマスターとの死闘の末、宝箱に残されていたのは、古ぼけたスクロール。
異世界勇者タカオが、そのスクロールを高々と掲げた。
「これで世界は救われるぞ!」
「やったわね、タカオ! さっそく読んでみましょう!」
ゴスロリ姿の金髪ツインテールの魔法使い、ミシェールが駆け寄ってきた。
「おお、神よ、感謝いたします」
純白のローブに身を包んだ聖女ハルナが、涙ながらに神へ祈りを捧げた。
その後ろでは、ドラゴンの尾を生やした幼女が得意げに腕組みをしてふんぞり返っている。
「流石は我の認めた勇者なのじゃ」
「ノヴァ様、勇者タカオは教会の……」
「あ~、はいはい、もういいから。今はスクロールよ。タカオ、開いてみて」
タカオは古いスクロールを破損させないよう、慎重に開いていく。
そして現れた言葉は――
『もんもんぐんぐん』
ただ、それだけが書かれていた。
「もんもんぐんぐん……?」
困惑顔のタカオに、三人が近寄ってきた。
「ニホンゴね! どういう意味なの?」
「やはり勇者召喚は、神の思し召し……」
「ほほう、これは面白いのぉ」
「ノヴァ、この言葉の意味を知っているのか?」
タカオが訳知り顔のノヴァに尋ねた。
「我がまだ幼子だった時分に、一度耳にしたことがあったような、なかったような?」
「あんた、いまでも幼女じゃない」
「失礼な! 我は立派なれでぃじゃ!」
ノヴァとミシェールの間に、文字どおり火花が散った。
「ノヴァ、今はこの『もんもんぐんぐん』について教えてほしい」
「当時暴れ回っておった八大魔王を、全て沈めた要因になったはずじゃ」
ノヴァの言葉に、ミシェールと聖女ハルナはぽかんと口を開けたまま動かなくなった。
「あははは! 揃って間抜け面じゃのう!」
「八大魔王時代って、神話の時代じゃないの……。ノヴァって、ロリばば――」
「ノヴァ。これはどうしたらいいんだ?」
タカオは日本語で書かれた『もんもんぐんぐん』を読めはするが、その意味や使い方はまったく想像がつかなかった。
「詳しくは我も知らんが、そのスクロールに魔力を込めてから読んでみるといい。スクロールは全てそうやって発動するからの。念のため、外へ出てからにしたほうがよいと思うのじゃ」
「わかった。ミシェール、頼む」
「オッケー」
ミシェールはそう言うと、転移の呪文を唱えた。
やが三人はうっすらと白い光に包まれる。
「あ、我を置いていこうとするでない!」
ノヴァが慌ててタカオにしがみつき、肩車の形になった。
——
光が収まると、ダンジョンの入口前に出ていた。
だが、そこに帰還を待っているはずの王国軍の姿はない。
「そんなに待たせてしまったかな?」
「否、あれを見るのじゃ!」
タカオに肩車されていたノヴァが手を伸ばした。
その指し示す先は王都の方角。
そこには邪神ヴァルサーンとその軍勢が迫っているのが見えた。
「勇者タカオ! 早くスクロールを!」
「わかった!」
タカオは全ての魔力をスクロールに注ぎ込み、一言一句間違えないよう、しっかりと唱えた。
『もんもんぐんぐん』
「…………何も起こらない?」
焦った、勇者タカオが再び呪文を唱えるが、何も起こらない。
「そんな! そんなはずは!」
聖女ハルナががくりと膝をつく。真っ白なローブが泥にまみれた。
「ちょっと! ノヴァ! どうなってるのよ?!」
「う~む? むむ?! 空じゃ! なにか来るのじゃ!」
キラリと何かが光った次の瞬間、流線型の物体が空を切り裂くように飛んでいった。
「……宇宙船?」
想像もしていなかったものを見たタカオが、我が目をこすった。
——
高速飛行宇宙船『キャロットラペ号』
「なんとか間に合ったようだな!」
「はい。異世界へのゲートを潜り、その世界にビーコンを置くこと。ミッションコンプリートです」
「それじゃあ帰るとするか……だが、ついでに世界の危機を救っていくとしよう!」
——
「グレイヴ艦長! 次元ビーコン確認。座標確定しました!」
「第七辺境艦隊。発進!」
銀河帝国の旗を掲げた宇宙艦隊が、次々とゲートへ吸い込まれていく。
もんもんぐんぐん現象によって、多次元世界跳躍理論が完成されていたのだ。
——
王都の外縁部ではすでに戦闘が始まっていた。
逃げ遅れた少女の上に、崩れたガレキが倒れ込んできた。
「…………!」
痛みを覚悟した少女だったが、それは訪れることはなかった。
ガレキを受け止めたのは、ひとりの黒髪の男。
「なんだ? 夢か? ともかく早く逃げるんだ」
「ありがとう! おじちゃん!」
少女は笑顔を見せ、走り去っていった。
「おじ…………まだお兄さんだと思うんだけどな」
寂しそうにそう呟き、ガレキを跳ね除けた男の腕は太かった。
——
邪神ヴァルサーンから滅びの光が放たれた。
かつてない規模の魔力が込められた禍々しい光。それは王都の結界など容易く破壊し、全てを灰燼と化してしまうだろう。
人々が絶望で染まったその時、王都の上空を2つの小さな影が飛び、笑い声が響いた。
「わあ、見て! すごいよぐんぐん!」
「そうだね、もんもん。でもぼくたちなら怖くないよ!」
2匹が飛んだ空にはキラキラとした光の膜が張られ、滅びの光を消滅させた。
——
(何が起こっている……?)
邪神ヴァルサーンは、絶対の確信を持って放たれた滅びの光が消滅したことで、ようやく異変に気づいた。
その直後、空より光の束が降り注いだ。
ドドドドドドドドドドド!
轟音が鳴り響き、邪神の軍勢は消し飛ばされていく。
気がつけば空を埋め尽くす、巨大な何かの群れ。
邪神ヴァルサーンは怒りに任せ、滅びの光をそれに向けて放った。
「艦長! 敵性存在からの攻撃! シールド損耗率59%! 次は持ちません!」
「なかなかやるな、それならお返しだ。ターゲットをXに限定。斉射!」
極太の光の束が邪神ヴァルサーンを貫いた。
(ば、ばかな…………)
自らの敗北を悟った邪神ヴァルサーンが、転移呪文を唱えた。
——
(こ、ここは?)
邪神ヴァルサーンは見たこともない部屋の中にいることに気がついた。
つい先程まで誰かがいたかのような生活感の残る部屋。
(誰か居るのか?)
狭い部屋の中には、自分ひとりしかいない。
再び転移呪文を唱えてみようとしたが、魔法が発動しなかった。
扉や窓は開かない。全力で殴りつけてみたがびくともしない。
監禁。
その言葉が頭の中に浮かんだとき。何かが聞こえたきがした。
もんもんぐんぐん——
(気の所為ではない。確かに聞こえる)
もんもんぐんぐん——
それは、どうやら壁の向こうから鳴っているようだった。
壁に近づくと、わずかに脈動を感じた。
(魔力の波動も感じられぬ。これは一体?)
やがて、床や天井からも響き始め、もんもんぐんぐんがうねりとなって四方から押し寄せた。
(な、なんだこれは?!)
四肢の感覚が失われてゆく。代わりに『もんもんぐんぐん』が身体の中に浸透してくるのだけがはっきりとわかった。
邪神ヴァルサーンは、もんもんぐんぐんと自己の境界線がなくなっていくのを自覚していた。
だが、それを止めることはできない。
(もん、もん、ぐん、ぐん)
脈動がひとつとなり、その残響が消えた時。
そこにはもう何も残っていなかった。




