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もんもんぐんぐん

 その音は、世界の底でゆっくりと鳴っていた。


 彼には名前という概念がなかった。いつから、どうやって生まれたのかもわからなかった。

 人の尺度では測れないほどの悠久の流れの中で、瞬き一つ終わるのにも数十年を要した。


 彼らの時間は、世界の時間とは別の川を流れていた。

 季節の移ろいは呼吸のように短く、文明の興亡はまばたきのように儚い。

 彼らにとって、山脈が削れ落ちるほどの歳月が、ようやく「少し経った」と感じられる程度だった。


 皆がすぐにいなくなる。

 芽吹いては散り、笑っては消え、語りかけても返事が返ってくる頃には、相手はもういなかった。

 そのことに気づいたのも、人の時間で言えば数千年が過ぎてからだった。


 気づいたときには、もう遅かった。

 彼らの心は、ゆっくりと、しかし確実に摩耗していた。

 記憶は風化し、感情は薄まり、世界の色は褪せていった。


 残ったのは、もんもんぐんぐんだけだった。


 自分の内側で、世界の速度とは無関係に、ただ一定のリズムで鳴り続ける音。

 変わらず、消えず、裏切らず、ただそこにある音。


 友達だった。

 唯一の、永遠の。


 もんもんぐんぐん。

 その音がある限り、自分は自分でいられた。


 だが、あるとき気づいた。


 気がつくと、もんもんぐんぐんだけが残っていた。

 自分という輪郭は、もうどこにもなかった。


 長命すぎたのだ。

 世界が変わりすぎたのだ。

 自分の記憶も、名前も、形も、すべてが薄まり、溶けていった。

 最後に残ったのは、脈動のリズムだけ。


 もんもんぐんぐんは、自由だった。


 それは殻を破り、世界へと滲み出した。

 もはや肉体に縛られず、時間にも囚われず、ただもんもんぐんぐんとして存在する。

 存在の残響。

 長命種が最後に遺した、唯一の痕跡。


 もんもんぐんぐんは旅を始めた。


 あらゆる次元、あらゆる世界、あらゆる時代、あらゆる所へ。

 風の中をすり抜け、海の底を揺らし、星々の間を漂い、夢の底へ落ちていく。

 誰もそれを知らず、誰もそれに触れられない。

 それでも音は、確かにそこにあった。


 世界の境界を越え、形あるものの中で脈動し、形なきものの中で揺れた。

 もんもんぐんぐんは、世界の隙間を渡り歩く旅人になった。


 ある世界では、風がそのリズムを真似た。

 丘を越える風が、もんもんぐんぐんと低く鳴り、草原を揺らした。

 その音を聞いた羊飼いは、理由もなく胸が温かくなった。


 ある世界では、海がその拍動を受け継いだ。

 深海の底で、まだ生まれていない生命が、もんもんぐんぐんのリズムに合わせて揺れた。

 その生命は、やがて世界に生まれ落ち、理由もなく「静かな安心」を抱いていた。


 ある世界では、夢の中で誰かの心を震わせた。

 夢の底で響くもんもんぐんぐんに、夢見る者は涙を流した。

 

 もんもんぐんぐんは、誰のものでもなかった。

 どこにも属さず、どこにも留まらず、ただ世界を渡り歩いた。


 自由で、孤独で、どこまでも静かに。


 やがて、脈動は全ての一部になった。

 風の音にも、海の音にも、心臓の鼓動にも、どこかにその名残がある。

 世界は知らず知らずのうちに、そのリズムを受け継いでいた。


 もんもんぐんぐんは、もう自分が何だったのかを覚えていない。

 長命種だったことも、孤独だったことも、もんもんぐんぐんの意味も。

 ただ、世界を巡り、世界を揺らし、世界に染み込んでいく。


 音は今日もどこかで鳴っている。

 誰かの胸の奥で、風の中で、海の底で。

 ゆっくりと、確かに。


 もんもんぐんぐん。

 もんもんぐんぐん。


 それは、永遠に続く旅の音だった。

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― 新着の感想 ―
今回は壮大な話になってますな〜。 (・∀・) 惑星規模のもんもんぐんぐん! (*ノ・ω・)ノ♫
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