もんもんぐんぐん
世界は「もんもん」と「ぐんぐん」でできている。
古代の哲学者グングニデスはそう主張した。
そしてその千年後、哲学者モンモンティアスはそれを否定した。
「世界はもんもんとぐんぐんでできているのではない」
彼は言った。
「世界そのものが、もんもんぐんぐんなのだ」
難解すぎて誰にも理解されなかった。
だが一人だけ、その思想に取り憑かれた男がいた。
名をアレフという。彼は四十年を費やして研究した。
そしてついに発見する。人間の思考には奇妙な法則があった。
何かを知る。すると分からないことが増える。
分からないことを調べる。
するとさらに分からないことが増える。
知識は無知を減らさない。
むしろ闇を広げる。
つまり――
知れば知るほど、もんもんする。
アレフは歓喜した。
「もんもんは無知から生まれるのではない!」
弟子たちは困惑した。
「先生、それはつまり?」
「知識から生まれる!」
弟子たちはさらに困惑した。
しかしアレフは止まらない。
研究を続ける。
すると別の事実にも気づく。
人は悩むと行動する。行動すると経験を得る。経験は知識になる。知識は新たな疑問を生む。疑問は悩みになる。悩みは再び行動を促す。
つまり。
もんもん→ぐんぐん→もんもん→ぐんぐん
である。
彼は黒板いっぱいに円を描いた。
矢印を繋げる。
さらに繋げる。
さらに。
さらに。
やがて黒板に巨大な渦が現れた。
「完成した」
「何がです?」
「宇宙の構造だ」
彼は考えた。
もしこの円環が本当に宇宙の根本法則なら。
銀河も。生命も。文明も。
すべて同じ構造を持つはずだ。
そこで彼は歴史を調べた。
文明は必ず問題を解決する。しかし解決によって新しい問題が生まれる。
農業が飢餓を減らす。
人口問題が生まれる。
工業が豊かさを生む。
環境問題が生まれる。
通信技術が距離を消す。
情報過多が生まれる。
文字が記憶を外に出す。
忘れ方を、人は忘れる。
ぐんぐん。そしてもんもん。
ぐんぐん。またもんもん。
歴史そのものが円環していた。
アレフは確信する。
「宇宙は直線ではない」
人々は未来を矢印で考える。
過去から未来へ。原因から結果へ。
だが違う、円なのだ。終わりは始まりになり。始まりは終わりになる。
その円環をめぐり、人々は永遠にもんもんし、ぐんぐんする。
そしてアレフはようやく気づいた。
モンモンティアスが言いたかったのはこういうことだったのだ、と。
世界はもんもんとぐんぐんで「できている」のではない。世界は今この瞬間も、もんもんぐんぐんし「続けている」のだ。
グングニデスは部品を数えた。モンモンティアスは運動を見ていた。
晩年。
弟子が尋ねた。
「先生は悟りに到達したのですか」
アレフは笑った。
「いや」
「まだ悩みがあるのですか」
「むしろ増えた」
「研究の果てにそれですか」
「そうだ」
アレフは窓の外を見た。
夕日が美しい、とアレフは思った。
そして彼は静かに言う。
「若い頃は、悩みがなくなれば完成だと思っていた」
「違うのですか」
彼は机の上のノートを開いた。
最後のページだった。
そこにはこう書かれている。
『悩みがあるから進む。進むから悩みが生まれる。
そのどちらかが消えた時、人は人でなくなるのかもしれない』
弟子はしばらく黙っていた。
「では人生の目的は何ですか」
アレフは答える代わりに紙へ円を描いた。
何度も描いたのだろう、綺麗な真円だった。
そしてその円の上に、小さく二つの言葉を書いた。
もんもん。
ぐんぐん。
弟子にはすぐには理解できなかった。
もんもんする。
すると考える。
ぐんぐんする。
その先でまた疑問に出会う。
もんもんする。
ぐんぐんする。
もんもんする。
ぐんぐんする。
宇宙の果てまで続くその円環の中で、人は生きている。
そして今この瞬間も。
この物語を読み終えたあなたが、「結局、もんもんぐんぐんって何なんだ?」と思い始めたなら。
それが、次のもんもんだ。




