もんもんぐんぐん
その映画館は、いつも満席だった。
劇場の空気はポップコーンの甘い香りと、どこかカビ臭い古い劇場の匂いがもんもんと立ち籠めていた。観客たちは肩を寄せ合い、スクリーンに釘付けになっている。
銀幕の中では、どこかの砂漠でツアーガイドらしき男が、ひとりペラペラと喋り続けている。
『――というわけだから、砂漠を旅するときは、四本脚の生き物には気をつけろ。やつらは油断すると、こう、頭を噛んでくるからな』
男がそう言った直後、まるで計ったようなタイミングで、隣に佇んでいたロバが男の頭を真上からガブリと噛みつく。
観客席からドッと大きな歓声が上がる。拍手喝采がぐんぐん響く。割れんばかりの賑わいにシアターは包まれた。
スクリーンの中のガイドは、ロバに頭を挟まれたまま、目の焦点が合わない顔で満足そうに観客席を見つめ返している。男の頭からは血の代わりに、なぜかサラサラとした乾いた砂が溢れている。
ロバが口を離すと、ガイドの男は何事もなかったかのように話を続けた。
『それから、砂漠で水たまりを見つけても、絶対にそれを飲んではいけない。前に、その水でカップラーメンを作ったおれの母親が、大変な目にあった。たとえば、こうだ』
男はカメラを真っ直ぐ見据え、口から勢いよくツバを吐き出す。
ベッ、と地面に落ちた液体には、黒い何かがモゾモゾと混じっていた。それはアリのように見えた。
『こうだ!』ベッ!
『こうだ!』べっ!
カメラのカットが激しく切り替わる。
広角レンズ、ローアングル、クローズアップ。様々なアングルから、ガイドの男が執拗に、リズミカルに、口から黒いアリを吐き出すシーンが連続して映し出された。
観客席にいた人々は、気づけば全員が骸骨になっている。皆、そういう自覚もないのか、狂ったように沸き立ち、ぐんぐんと突き上げてくる情動にまかせて騒いでいた。
「アハハハハ!」
「いいぞ! もっとだ!」
歓声をあげ、手を叩き、隣同士で肩を震わせてはしゃいでいる観客たち。
服を着た骨たちが、カタカタと顎を鳴らしながら、スクリーンの中の男に喝采を送っている。
スクリーンの中の男は、まるで観客席が見えているかのように満足気に微笑んだ。
『――こうだ!』
男が最後に吐き出した一匹の大きなアリに、カメラが限界まで寄る。
スクリーンいっぱいに映し出されたアリは、しばらく激しく手脚を動かしていたが、やがて熱せられた氷のように、スゥ……と透明に溶けて消えてしまった。
直後、画面が暗転する。
小気味よいファンファーレと共に、古めかしいフォントの鮮やかなロゴが浮かび上がった。
【ビブロス商会びっくり商品】
そこで、カチリと音がして劇場の照明が灯った。
上映は終了だ。
「ああ、今回も素晴らしかった」
「実にびっくりな商品だ。さあ、買いに行こう」
骸骨たちは楽しそうに喋りながら席を立ち、ぞろぞろと劇場の出口へと向かっていく。彼らはロビーに設置された特設販売所に列を作った。
カウンターの向こうでは、先ほどスクリーンの中でロバに頭を噛まれていたガイドの男が、頭に包帯を巻いて笑顔で立っている。
「はい、毎度あり! ビブロス商会特製『砂漠の渇き』でございます! 飲めばたちまち、あなたの中の水分が全てアリに変わって消え去るびっくり商品! 体が軽くなって、永遠に笑い続けられますよ!」
骸骨たちは嬉しそうに、アリの絵が描かれた小さな小瓶を受け取り、代わりに自分の「生前の記憶」や「まだ残っているわずかな肉体」をコインのように支払っていく。
誰もが楽しげにシャレコウベをカチカチと鳴らしている。もんもんは完全に満たされていた。
次の上映が始まるブザーが鳴る。劇場にはまた、新しい「客」たちが、胸の奥でもんもんぐんぐんと疼く渇きを抱えたまま、暗い部屋に吸い込まれていくのだった。




