もんもんぐんぐん
もんもんぐんぐん。
そう書かれた紙を手にした俺は途方にくれていた。
大宇宙運動会の借り物競争。観客から借りたものをゴールの惑星に届ける、古式ゆかしい競技だ。
これは暗星連合の嫌がらせに違いない。このままゴールできず、リタイアする様を全宙域に配信するつもりなのだろう。
「クソッ」
手にした紙を握りつぶす。もんもんぐんぐんとは何だ? 観客のデータベースを検索する――該当無し。既知星域全て――該当無し。
どんなに速い宇宙船があろうとも、条件を満たせなくては意味がない。立ち尽くす俺に、観客たちから、ピコンピコンとブーイングのスタンプが送りつけられる。
『どうしたのデス? マスター』
サポートAIのマーマレードが話しかけてきた。今はその落ち着きも苛立ちの種だ。
「もんもんぐんぐん、が必要なんだ」
『もんもんぐんぐん……? データベースに該当無シ。それは一体何なのデス?』
「それがわかりゃあ、苦労はしない」
『存在しないものはルール違反になるはずデス、運営に問い合わせてみマス』
「そうだな、頼む」
俺はそういいつつ、自分のドッグを目指した。
――
「もんもんぐんぐんは存在するだぁ?」
『ハイ、運営からの返答によるとそうなりマス』
「存在する……? じゃあ、何なんだよ。どんな最新兵器だ? あるいは、どこかの未開惑星の珍獣か?」
ドックに留めてある俺の宇宙船ハッチが開き、愛機『キャロットラペ』のコックピットに滑り込みながら、俺はコンソールを乱暴に叩いた。全天周囲モニターに映る観客席からは、未だに「早くしろ」「リタイアか?」と言わんばかりのブーイングスタンプが光の粒となって降り注いでいる。
『マスター、落ち着いてくだサイ。運営は同時に、その「もんもんぐんぐん」が現在、この競技場の観客席エリアD、第12セクター付近に“確実に存在する”と回答してきマした』
「エリアD、第12セクター……あそこは確か、地球系人類の居住区に近いエリアだな」
俺は即座にレーダーを起動し、該当エリアの生体反応をスキャンした。だが、出てくるのはありふれた二足歩行の哺乳類や、サイボーグ化したヒューマノイドのデータばかりだ。「もんもんぐんぐん」なんて禍々しい、あるいは大層な名前のオブジェクトは見当たらない。
『マスター、言語の翻訳ログに奇妙なバグを発見シまシた。いえ、バグというよりは……超空間暗号、あるいは、極めてローカルな“スラング”の可能性がありマス』
マーマレードのホログラムが、ウサギの耳のようなインジケーターをピコピコと動かす。
「スラング? 暗星連合が仕込んだ暗号コードか?」
『いえ。運営のログをさらに解析したところ、そのお題を提出した観客の個人IDが判明しマした。発信元はエリアD。……地球時間で「3歳」と記録されていマス』
「……は?」
俺は思わず動きを止めた。3歳? 宇宙海賊でも、連合の工作員でもなく?
『はい。どうやらその幼い観客は、自分の持っている“あるお気に入り”を、独自の言語感覚で紙に書き写したようなのデス。つまり、大宇宙翻訳機がどれだけ高度な量子演算を行おうとも、その「主観的固有名詞」の壁は突破できまセン』
「待て、じゃあ『もんもんぐんぐん』ってのは、そのガキが勝手に呼んでる名前ってことかよ!」
なんてこった。暗星連合の陰謀よりもタチが悪い。全宙域に配信されている大宇宙運動会で、俺は3歳児の「ボクの考えた最強のオモチャ」を探さなきゃならないのか。
『マスター、落胆している時間はありませんデス。エリアDの監視カメラから、該当の幼子とその母親らしき個体を補足シまシた。……あ! 母親が何かをカバンから取り出し、子供に渡していマス!』
メインモニターに拡大された映像が映し出される。
子供の手には、茶色くて、丸っこくて、ふさふさした、長い尻尾を持つ小さな生き物が握られていた。背中には白い縞模様があり、大きな黒目がこちらをじっと見つめているように見える。
「……あれは、地球の……モモンガ、か? いや、それにしては少し雰囲気が……」
『データ照合。地球の極東地域に生息する「エゾモモンガ」または「ムササビ」の意匠に酷似していマス。そして子供はそれを受け取り、大変嬉しそうに……こう叫んでいマス』
マーマレードがその音声を、あえて翻訳を通さずにコックピット内に再生した。
『「ももんが、ぐんぐんしゃん!」』
「……もんもん、ぐんぐん」
俺は頭を抱えた。
「モモンガ」が幼子の舌足らずな発音で「もんもん」になり、おそらくその個体の名前か、あるいは飛行形態に移る際の擬音「グングン」が合体した結果が、あの紙切れの一文だったのだ。
「おい、マーマレード。借り物競争のルールは?」
『「観客の同意を得て、その物品をゴールまで無事に届けること」デス。ちなみに、生体であってもレギュレーション違反にはなりまセン』
「よし」
俺はスロットルレバーを握り直した。暗星連合の嫌がらせじゃなかったのは幸いだが、別の意味で難易度が跳ね上がった。あの小さな「もんもんぐんぐん」を傷一つつけずに、Gの嵐が吹き荒れるゴール惑星まで送り届ける。
「マーマレード、船体慣性制御を最大に。それから、キャビンに最高級の対G包み込みクッションを用意しろ。3歳児の大事な相棒を、ちょっと宇宙旅行に連れ出してくる! 待ってろよ、もんもんぐんぐん!」




