ただの調査のはずだった②
リリアの表情が少し柔らかくなり、ほっとしたような微笑みが浮かぶ。
「ヨハクさん……ありがとうございます。 行方不明の商人、きっと奥さんが待っています。 依頼を引き受けてくださるんですね?」
彼女はカウンターの下から、羊皮紙の依頼書と小さな革の袋を取り出した。 袋の中には、狼除けの香草を練り込んだ護符と、街道の簡単な地図が入っている。
「これ、持っていってください。 護符は魔物の気配を少し弱める効果があります。 出発は今日の午後がおすすめです。
街の東門から街道を進んで、夕方までに『灰の渡し場』まで行ければ、 明日の朝には現場周辺に着けますよ。」
リリアは少し身を乗り出し、声を優しくした。
「一人で行かれるんですか? もしよかったら……私、軽い治癒魔法が使えるんですけど、 出発前に少しだけ体を整えておきましょうか? 疲れを取る程度の簡単なものですが……」
ギルドの内部をゆっくりと見回した。
リリアはヨハクが周囲を見回しているのに気づき、柔らかく微笑んだ。 カウンター越しに身を少し乗り出し、声を低くして言った。
「今は少し落ち着いていますね…… 朝の依頼ラッシュが終わったばかりですから。」
「ヨハクさん、もし捜索依頼を正式に引き受けるなら、 サインをお願いします。」
彼女は依頼書をカウンターに滑らせ、羽根ペンを添えて差し出した。 淡い緑の光が、まだ指先に残っている。
「出発前に……本当に、軽い治癒をかけましょうか? 街道は少し埃っぽいですから、体を整えておくと楽ですよ。」
リリアの瞳は優しく、ヨハクの返事を待っている。
「ああ、サインはするが…他にこの依頼に行きたい奴はいないのかな?ソロには慣れてはいるが、一人よりは二人の方がリスクが減るからな」
サラサラと慣れた手つきで羊皮紙にサインをする。
リリアはヨハクの言葉を聞いて、柔らかく目を細めた。
カウンターに置かれた羽根ペンを軽く持ち直しながら
穏やかな声で答える。
「サイン、ありがとうございます……
今のところこの依頼に興味を示している人はいませんね。
朝の時点で掲示板を見ていた冒険者さんたちは、ほとんど霧の遺跡か薬草採取の方を選んでいました。」
彼女は少し視線を落とし、手元の記録帳を指で軽くたどった。
「行方不明者の捜索は……正直、報酬は良いものの『すでに3日経過』というのがネックになっているみたいです。
生きている可能性が低いと、みんな少し躊躇してしまうんですよね…… ヨハクさんが引き受けてくださるのは、本当に心強いです。」
リリアはそこで言葉を切り、カウンターの奥を軽く振り返った。 奥で薬瓶を並べていた若い見習いが、こちらをチラリと見てすぐに視線を逸らした。
「ソロに慣れているヨハクさんなら大丈夫だと思いますが…… もしどうしても誰かと組みたい場合は、明日朝にもう一度ギルドに来ていただければ、 新しく依頼が貼られる頃にまた確認できますよ。」
「承知した。確かに3日も経っていてはな。生存の見込みも薄いし依頼としての魅力は少ないだろうしな…」
身支度を整えて、すぐに発つとしよう
革鎧の留め具を確かめ、長剣の鞘を腰にしっかり固定し、
腰袋の中の干し肉と水筒を軽く確認する。
リリアはヨハクの様子を見守りながら、優しく微笑んだ。
「ええ…正直に言うと生存の見込みはかなり薄いと思います。
それでも、遺品だけでも届けてあげたいというヨハクさんの気持ち…… とても素敵だと思います。」
彼女はカウンターから出てきて、ヨハクのすぐそばに立った。 淡い緑色の光が、両手から柔らかく広がる。
「では、軽い治癒をかけさせていただきますね。 少し温かい感じがするだけです……動かないでいてください。」
リリアの指先が、ヨハクの胸と肩にそっと触れた。 魔法の光が体の中に染み込むように広がる。 体がふっと軽くなり、呼吸が少し深くなったような心地よさ。
「これで、少しは楽に歩けるはずです。 ……ふふ、ヨハクさんの体、意外としっかりしていますね。」
リリアは照れたように頰を少し赤らめ、手を離した。 彼女は依頼書にヨハクのサインを確認すると、正式に受理の印を押した。
「すぐに出発……了解しました。 東門の近くに馬を貸し出している厩舎がありますので、 そこを利用されるといいと思います。 街道はよく整備されていますが、日が暮れる前に『灰の渡し場』まで行けるといいですね。」
ギルドの外へ一緒に歩きながら、リリアは穏やかに続けた。
「もし何かあったら、すぐに街へ戻ってきてください。 私は……待っていますから。」
東門に向かう石畳の通りから、 馬車の音、市場の喧騒、遠くで子供たちの笑い声。 ヨハクは街の東門をくぐり、厩舎で手頃な馬を借り、 軽い荷物を鞍に固定して出発した。
いつも通りの依頼、いつも通りの出発、ーそのはずだった




