ただの調査のはずだった①
セルリアンの街は、朝の活気に包まれていた。
石畳の通りを、人々が行き交う。 鍛冶屋の槌の音、市場で叫ぶ行商人の声、遠くで馬のいななき。 冒険者ギルドの大きな看板が、風に軽く揺れている。
ヨハクは、ギルドの掲示板の前で立っていた。 これまでの依頼で得た報酬を少し使って、宿屋でゆっくり休んだ後の、 爽やかな朝。
そこそこ経験を積んだ今、簡単な依頼は物足りなく感じつつも、 次の大きな仕事を探すか、それとも今日は街で気ままに過ごすか決めかねていた。
近くの酒場「銀の杯」から、笑い声とグラスの音が漏れてくる。 ギルドの受付嬢が、時折こちらをチラチラと見ながら、書類を整理している。
ふと、背後から軽い足音が近づいてきた。
「おはようよ、ヨハク。 またギルドに顔を出してるな。 最近ソロで頑張ってるって聞いたぜ。」
振り返ると、赤毛の若い男がにやりと笑っていた。
「ああ、ガレンか。おはよう。」
過去に何度か同じ依頼で顔を合わせたことがある
気さくな男だ。
ガレンはヨハクの肩を軽く叩き、掲示板を指差した。
「今日の目玉は、森の奥の『霧の遺跡』調査依頼だ。
報酬はそこそこいいが、魔物が少し厄介らしいぜ。
お前一人でやるか? 」
彼はからかうように目を細めた。
「霧の遺跡か…」
そう呟きながら他に出ている依頼を確認する
「ああ、 報酬がいい、最近ちょっと懐が寂しいんだよな。」
ガレンはヨハクの隣に並び、掲示板を一緒に眺めながら肩をすくめた。
「 どうだ? たまには二人で組まねえか? お前が前衛で俺が双剣で援護……相性悪くないと思うぜ。」
ガレンは軽く笑いながら、ヨハクが他の依頼を確認するのを横目で見ていた。
掲示板にはいくつかの羊皮紙が貼られている。
・【霧の遺跡調査】
難易度:中
報酬:銀貨25枚+発見物分け前
(森の奥、霧が濃い遺跡。魔物の目撃情報あり。調査・サンプル回収)
・【薬草採取依頼】
難易度:低
報酬:銀貨8枚
(街の北の草原「風の丘」。希少な「月影草」を10株。治癒薬の材料)
・【行方不明の商人の捜索】
難易度:中
報酬:銀貨30枚
(街から東の街道を2日間。狼型の魔物が出るらしい)
・【街外れの廃屋に棲む幽霊退治】
難易度:低~中
報酬:銀貨12枚
(古い屋敷。夜だけ物音がするらしい。簡単な浄化魔法で済むかも)
ガレンは腕を組み、ヨハクの視線を追うようにして言った。
「薬草採取は楽そうだけど、お前には物足りねえだろ?捜索は金がいいが、街道は最近狼がうるさくて面倒くさいって話だぜ。 幽霊退治は……まあ、夜だけだから昼間は暇だな。」
彼は少し声を落として、からかうように付け加えた。
「それとも、今日は依頼なしで酒場でゆっくりするか? 銀の杯の新入りウェイトレス、なかなか可愛いぞ。 お前も最近ソロばっかりだって聞いたから、息抜きが必要なんじゃないか?」
陽射しがギルドの窓から差し込み、 掲示板の羊皮紙を淡く照らしている。 近くの酒場からは、早くから軽やかな笑い声と、グラスが触れ合う音が聞こえてくる。
ガレンはこちらの返事を待っている。
「そうか、お前は双剣使いだったな。確かに盾持ちの俺が前衛をやればうまく行きそうだが…霧の遺跡は他に行きそうな奴はいないのか?」
ガレンはヨハクの言葉に、軽く目を細めて笑った。 双剣を腰に差したまま、掲示板に寄りかかるようにして肩をすくめる。
「へえ、覚えててくれたか。嬉しいね、ヨハク。
そうだよ、俺は双剣だ。お前が盾持ちの前衛なら、バランスいいと思うぜ。 お前が止めて、俺が叩く。悪くなさそうだろ?」
彼は少し声を落とし、周囲を軽く見回してから続けた。
「霧の遺跡……正直、今のところ他に行こうとしてる奴は見てねえな。 今日の朝に貼られたばっかりってのもあるが、実際は『霧が濃くて視界が悪い』ってのが一番の厄介らしいぜ。」
「魔物も、狼やゴブリンじゃなくて、霧に紛れる影みたいな奴が出るって噂だ。 だからソロだとちょっと危ねえかもな……って、ギルドの受付も言ってたよ。」
ガレンはそこで言葉を切り、ヨハクの顔をじっと見て、にやりと笑った。
「どうだ? 本気で組む気あるなら、俺は今からでも準備できるぜ。 午後に出発して、夕方には遺跡に着くくらいのペースで。 報酬は折半でどうよ?」
その時、ギルドの受付カウンターの方から、柔らかい女性の声が聞こえてきた。
「ガレンさん、ヨハクさん…… 霧の遺跡の依頼、もし組んでいくなら、事前に簡単な魔法の護符を貸しますよ? 霧を少し晴らす効果があるんですけど……どうしますか?」
声の主は、ギルドの受付嬢──リリア。 黒髪を一つにまとめ、青い制服を着た、20代前半くらいの穏やかな女性だ。
彼女はカウンター越しに微笑みながら、二人の方を優しく見つめている。 手には、小さな銀色の護符がいくつか用意されていた。
「リリアさん、おはようございます。霧の遺跡もいいけど、行方不明者も気になってるんだ。まだ生きてるなら助けに行きたい…かな。霧の遺跡は急ぎの依頼ですか?」
リリアはヨハクの挨拶に、柔らかく微笑んで軽く頭を下げた。 カウンター越しに、青い制服の袖を少し直しながら、穏やかな声で答える。
「おはようございます、ヨハクさん。 いつも丁寧に声をかけてくださって……嬉しいです。」
彼女は少し視線を落とし、手元の羊皮紙を指で軽くたどりながら続けた。
「行方不明の商人の捜索依頼ですね……ええ、確かに気になりますよね。 依頼主は商人の妻で、旦那さんが東の街道で行方不明になったらしいんです。
すでに3日経っているので、生きている可能性は……正直、低めですが、もし生きてるなら、助けられるのはあなたのような経験のある冒険者さんしかいません。」
リリアはそこで少し声を落とし、ガレンとヨハクを交互に見た。
「霧の遺跡の方は、急ぎというわけではないんです。 依頼主は街の魔導学者で、『調査とサンプル回収』が目的なので、 いつまでにという期限は特にありません。
ただ、霧が濃くなる新月が近づいているので、 早めの方が安全だとは言われています。」
ガレンはリリアの方をチラリと見てから、再びヨハクに視線を戻した。
ガレンとリリアの視線が、ヨハクに注がれている。
ガレンは腕を組み、軽く鼻を鳴らした。
「ふん……行方不明者の捜索か。 狼相手ならお前一人でも十分いけそうだけど、街道は最近魔物の群れが増えてて面倒くさいぜ。
報酬は銀貨30枚と、生きてたら追加で商人のお礼があるらしいけど……死んでたら 死体をもってこなきゃ報酬半減ってのがギルドのルールだろ?」
リリアは少し困ったように微笑む
「えぇ、その通りです。 死亡確認と、葬儀と、それから、遺族が納得できないといけませんから…」
ヨハクの方に向き直って続ける。
「ヨハクさんなら、どちらの依頼もこなせそうですが…… もし捜索依頼を選ぶなら、今日の午後に出発すれば、明日の朝には現場に着けますよ。 護符も、狼除けの香りのするものを用意できます。」
ガレンはヨハクの肩を軽く叩き、からかうような目で言った。
「どうだ、ヨハク? 善人面して行方不明者を助けに行くか? それとも、俺と一緒に霧の遺跡で少し冒険するか? ……それか、両方とも後回しにして、銀の杯でゆっくり昼飯でも食うか?」
リリアはカウンターに両手をつき、少し身を乗り出すようにして、ヨハクの返事を待っている。
「ふむ… 困ってる人は見過ごせん。亡くなっているなら、せめて遺品を届けてやりたいからな。ガレン、別に付き合わなくても構わんぞ、霧の遺跡に行きたいなら好きにしろ。」
ガレンはその言葉を聞いて、軽く目を細め、肩をすくめた。 双剣の柄に手をかけながら、どこか面白がるような笑みを浮かべる。
「ははっ、相変わらずお前は真面目だな、ヨハク。 『困ってる人は見過ごせん』か……いいぜ、それも冒険者の一つの生き方だ。 俺は霧の遺跡に行く。 狼の群れより、霧に隠れた影の方が面白そうだしな。」
ガレンはヨハクの肩を軽く叩き、からかうように声を落とした。
「一人で行くから心配すんな。 もしお前が遺品集めで遅くなるようなら、俺が先に遺跡を片付けて待ってるかもな。」
ガレンはそう言い残し、掲示板から霧の遺跡の依頼書を剥がして受付に向かった。
サインをしてギルドの出口の方へ歩いていく。
背中が遠ざかる前に、一度だけ振り返ってニヤリと笑った。
「ま、生きて帰ってこいよ。」
その日、ガレンを見かけたのはーーそれが最後だった
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ただの調査のはずだった②




