終焉のポリリズム、あるいは摩天楼に沈む「最高傑作」への訣別
昨夜の宣言は、今朝の現実になった。
ル・マルレの練習場。僕は、手にスコアを持たずに現れた。団員たちは困惑した顔をして僕を見た。事務局長のテオが、胃痛を隠しきれない表情で小走りに近づいてきた。
「ショーン。……スコアは?」
「ない」
「昨日は……あの宣言は、本気でしたか」
「本気だ」
テオが顔色を失った。マルレの定期公演は三週間後だ。スコアなしで本番に臨もうというのか、という沈黙が練習場を支配した。
シモンが、ゆっくりと立ち上がった。
「ハミルトン。一つ聞いていいか」
「何だ」
「昨日まで君が書いていたスコアは、確かに素晴らしかった。論理的で、緻密で、誰も反論できない。だが、君は今、それを全部捨てた。理由は何だ」
練習場が静まり返った。
「——メグが、いなくなったからだ」
誰も予想していなかった答えだったらしく、シモンも含めて全員が沈黙した。
「設計図を書けば書くほど、僕の音から何かが死んでいく。その『何か』を生かしていたのが、あの女のノイズだった。ノイズがなくなれば、設計図は棺桶になる。だから捨てた」
「——それは、音楽の問題か。それとも、個人の問題か」
シモンの問いは、鋭かった。
「どちらでもある」
シモンは、しばらく黙っていた。それから、サックスを手に取り、マウスピースに息を吹き込んだ。
「——一音、鳴らしてみろ。スコアなしで」
「何だと」
「私が応える。その後でもう一音、君が鳴らす。それを繰り返す。設計図のない対話だ」
それは、最もシンプルで、最も困難な提案だった。
ニューヨークからの報せは、僕の脳髄に冷や水を浴びせかけるには十分すぎるものだった。メグ・ポッターが消えた。シャルル・オクレールという「知の巨人」が用意した聖域を蹴り飛ばし、彼女は再び、名もなきノイズの海へと身を投じたのだ。
だが今、目の前には別の現実がある。
僕は、ギブソンを構えた。
一音、弾く。
シモンが、応えた。
その二つの音は、互いに設計図を持たないまま、パリの冬の空気の中で鳴り合った。それは不完全だった。だが、確かに「生きていた」。
お前が壊した世界を、僕がもう一度、一人で組み上げる。それが、お前に捨てられた僕に課せられた、唯一の贖罪だからだ。
窓の外では、雪が、すべてを覆い隠すように降り積もっていた。僕たちのポリリズムは、ここで一度、静かに終焉を迎える。だが、その沈黙の先で、僕は僕自身の、新しい「ブルー・ノート」を刻み始めるだろう。
お前を忘れるために。そして、お前を永遠に、僕の音楽の中に閉じ込めておくために。




