崩壊する伝統のプレリュード、あるいは泥濘の中で「王の音」を研ぎ澄ますための冒涜的な夜
昨日の宣言通り、翌朝のリハーサルに全員が来た。
それ自体が、驚きだった。昨日あれだけ嫌悪をむき出しにしていたトーマス・シモンも、パイプオルガンのように威厳のある体格のコントラバス奏者ノエミ・ルブランも、全員が楽器を抱えて座っている。
「来たか」
僕は、昨夜書き上げたスコアを一枚も持たず、練習場の中央に立った。
「ハミルトン。スコアは?」
シモンが冷ややかに言った。
「ない」
「……ない?」
「昨日、捨てた」
沈黙。
「では何を演奏しろというのだ」
「お前たちに聞く」
僕は、シモンを真っ直ぐに見た。
「マルレが最後に、本物の音を鳴らしたのはいつだ。誰かに言われたからではなく、お前たち自身が何かを表現したくて、鳴らした音。それはいつだ」
シモンは黙った。隣のノエミも、目線を落とした。
十秒。二十秒。
誰も答えない。
その沈黙が、答えだった。
「——分かった。ならば今日がその日にしろ」
僕は、ポケットから一枚のメモを取り出してシモンに渡した。
「『Blue in Green』を、お前が思う通りに吹け。マイルスでも、エヴァンスでもなく、お前が今、この瞬間に鳴らしたい音で。速くても、遅くても、外れていても構わない。お前だけの音を聴かせろ」
シモンは、メモを見つめた。それから、恐る恐るというように、マウスピースに口をつけた。
最初の音は——恐ろしいほど、小さかった。
四十年、舞台に立ち続けた奏者が出す音ではない。まるで、最初に楽器を持った子供が、鳴るかどうかを確かめるように、そっと息を吹き込んだような音だった。
だが、それは確かに「シモンの音」だった。
メグが、練習場の隅でそれを聴いていた。彼女は鍵盤に指を置き、シモンの音に寄り添うように、一音だけ重ねた。
それは、メグの言葉でいえば「接続」だった。
シモンが、顔を上げた。
もう一音。今度は少し大きく。そして三音目は、僕が初めて彼の「声」だと感じる音になった。
ノエミが弓を構えた。若手ドラマーが、スティックを持ち直した。
「……王の音とは、こういうことですよ」
メグが静かに言った。
「一番偉い人が出す音じゃない。一番怖くて、一番恥ずかしくて、それでも鳴らさずにいられない音が、王の音なんです」
シモンが、初めて彼女を見た。
その目に、敵意はなかった。
「……もう一度、弾いてくれるか。君のピアノで」
メグは頷き、両手で鍵盤を包み込んだ。
パリの冬が、練習場の石壁の隙間から吹き込んでいた。だが、その冷気は、もはや僕たちを凍えさせるものではなかった。




