星を追う者のレクイエム、あるいは「境界線」を超えた先にある、青い衝撃のデクレッシェンド
ル・マルレ・ジャズ・オーケストラへの正式な挨拶は、思っていたより儀式的だった。
事務局長のジャック・ベルナールは、百五十年の歴史を背負ったような重さで握手をし、「我々は伝統を守るために存在する」と言った。
「伝統を守るために存在する」——その言葉が、胸の中で反響し続けていた。
僕は、ボストンのガラクタたちを思った。
ライアンは「俺のスタイル」のためにエフェクターを繋ぎ、マスミは「人間メトロノーム」としての魂にかけてリズムを刻み、メグはただ「音楽が楽しいから」弾いていた。
誰一人、「伝統を守るため」などとは言わなかった。
ここは違う。
パリの練習場には、石造りの壁の厚みと同じだけの「正しさ」が詰まっていた。団員たちの演奏は完璧だ。テクニックにも、アンサンブルにも、隙がない。しかし——
「……ショーン。あの人たち、息してない」
隣に座ったメグが、静かに言った。
「分かっている」
「ボストンのハリセンみたい。でも、もっと古い。何十年も、同じ場所に縫い止められてる音がする」
彼女の表現は、いつも正確だ。
僕は、練習を続ける団員たちを見渡した。コンサートマスターのシモンは、スコアから一ミリも目を離さない。ドラムのテオは、四ビートを機械のように正確に刻む。誰もが「正しく」演奏している。
それが——確実に、彼らを殺している。
「……シュタイン」
僕は隣に立つシュタインに声をかけた。
「これが、あなたが僕に見せたかった『未来の舞台』ですか」
シュタインは珍しく、神妙な顔をした。
「そうだヨ。……どう見える、ショーン?」
「見事な骨格だ。だが肉がない」
「だから、キミを連れてきたんだヨ」
ここが、ボストンの後に待っていた本当の「座標」だ。ガラクタたちを動かすことを覚えた僕が、次に動かすべきは——完璧すぎて動けなくなった獣たちだ。
「……メグ」
「うん」
「今から隣の部屋で、一曲弾いてくれ。音量は最大で」
「あは。聴かせたいの?」
「聴こえてしまえばいい」
メグが、ローズを抱えて立ち上がった。
数分後。隣の小部屋から、壁を貫通するような歪んだ音が流れてきた。理論を嘲笑い、伝統を踏み越え、ただ剥き出しの衝動だけで組み上げられた「ノイズ」。
シモンの弓が、一瞬、止まった。
テオのスティックが、わずかにリズムから外れた。
それが——始まりだった。




