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紺碧のテイクオフ、あるいは「座標」を棄てた僕が、ゴミ溜めの聖女と交わした静かなる誓い

ボストンの冬は、僕という人間を徹底的に否定する。


だが、今この瞬間、僕の視界を支配しているのは、凍てつくアスファルトでも、錆びついた港のクレーンでもない。アパートの天井の、見慣れたシミだ。


昨夜のサヨナラ公演が終わって、ライアンたちと別れ、一人でアパートに戻った。明日、僕はパリへ飛ぶ。


十年間、出られなかった「座標」を出る朝が、静かに近づいていた。


隣室から、ローズの音はしない。珍しかった。


廊下に出ると、メグが床に座ってごろ太を抱えていた。


「何をしている」


「……考えてました」


「床で?」


「ここが一番、ショーンの気配がするから」


僕は溜息をつき、隣に腰を下ろした。廊下の冷たさが、コートを通してじわりと伝わってくる。


「——メグ。お前に言っておくことがある」


「うん」


「お前の音は、僕の音楽には必要だった。これからも、おそらく必要だ。だが、それはお前がいつも僕の隣にいなければならないという意味ではない。お前はお前の音を、好きな場所で鳴らしていい」


メグは、しばらく黙っていた。


「……ショーン。あたしも言っていいですか」


「言え」


「キミの音は、あたしがいなくても、本物です。キミはずっと、それが不安だったでしょう。でも——昨夜のステージで分かりました。キミの設計図の外で、みんなが本物の音を出せたのは、キミが最初に正しい骨格を作ったからです」


「——お世辞は要らない」


「お世辞じゃないです。事実です」


ごろ太の耳を引っ張りながら、メグは言った。


「だから、行ってください。あたしはここで、あたしの練習をします。そしていつか、キミの作った場所に行きます。対等になってから」


「対等?」


「キミが助けを必要とした時じゃなく、キミと同じものを持った時に、隣に立ちたいから」


廊下に、沈黙が満ちた。


外では、ボストンの雪が降り続けている。その音さえも聴こえる気がした。


「……了解した」


「はい」


「——来る時には、連絡をしろ。空港まで迎えに行く」


「あは。約束」


僕は立ち上がり、自室のドアを開けた。


翌朝。ローガン国際空港へ向かうタクシーの中で、僕は初めて、飛行機恐怖を感じていないことに気づいた。それは、克服したのではない。ただ、考える余裕がなかっただけかもしれない。


あるいは——あの廊下での静かな誓いが、何かを軽くしたのかもしれない。


パリが、待っている。

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