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スウィングする座標、あるいは「再会」という名の最も困難なインプロヴィゼーション

ボストンの冬は、一度捕らえた獲物を決して逃がさない。


吐き出す息は結晶となり、バークリーの校舎を包む冷気は、夢を追う若者たちの熱狂を急速に冷却していく。だが、今の僕の血管を流れているのは、氷点下の血液ではなく、暴力的なまでの焦燥感だ。


僕は、大学の薄暗いラウンジで、一枚の書面を凝視していた。ニューヨーク「Blue Note Workshop」からの招待状。アレンジャーとしての僕の論理と、ギタリストとしての僕の技術が、ついにボストンという名の「座標」の壁に穴を穿ったのだ。


「……あは。ショーン、また難しい顔して設計図を食べてるね」


背後から忍び寄る、ノイズの気配。振り返らなくてもわかる。メグ・ポッターだ。彼女は、ボストンの街灯よりも青白い肌を揺らし、死線のような瞳で僕の手元を覗き込んでいる。


「食べるわけがないだろう。……これは招待状だ。ニューヨークが、僕を呼んでいる」


「ニューヨーク。……ビッグ・アップルの香りがするのかな。それとも、ワープ航法で銀河を飛び越えるための燃料かな」


メグは、無邪気に世界を解体するような笑みを浮かべた。彼女の愛器、フェンダー・ローズが奏でる歪んだ音色が、僕の脳裏で不協和音を刻む。彼女は上昇志向という概念を欠いた野生の天才だ。だが、その指先が鍵盤に触れるとき、既存のジャズ理論は完膚なきまでに破壊され、再構築される。僕がどれほど精密な数学としてジャズを組み上げても、彼女のたった一音の「揺らぎ」が、僕の宇宙を書き換えてしまう。


「アンタはどうするんだ、メグ。オクレール教授がアンタの才能に目をつけている。ボストンで幼稚園の先生になる夢は、もう捨てたのか?」


「……幼稚園の先生は、アタシのモットーだよ。……でもね、ショーン。アタシ、最近気づいちゃったの。……キミと一緒に奏でるノイズは、どんな宇宙塵よりもキラキラしてるってこと」


彼女はそう言うと、僕のMacBookに勝手にインストールされた「メグ・フォント」で、招待状の裏に何やら呪文のようなテンション・コードを書き殴った。


そのときだ。ラウンジの扉が、不作法に蹴り開けられた。


「よう、ショーン! 抜け駆けは禁止だぜ!」


現れたのは、ライアン・ミラー。テナーサックスを抱え、ド派手なロック・サックスからジョン・コルトレーンばりの骨太なジャズへ転向した、熱苦しいまでの生命力。彼の後ろには、ドラムスティックをバトンのように操るマスミ・オクヤマ、そして巨大なウッドベースを抱えたローズ・サミュエルの姿もあった。


「……何の用だ。S・ビッグバンドは解散したはずだろう」


「解散? 何を言ってやがる。俺たちのバンドは、まだ死んじゃいねえ! 親父の『レッド・ランタン』も全面バックアップしてくれるって言ってるぜ!」


ライアンの咆哮が、ラウンジの静寂を粉砕する。彼らは知っているのだ。僕が、この場所から動けない「欠陥品」であることを。飛行機恐怖症という名の鎖が、僕をこの凍土に縫い止めていることを。だから、彼らは僕をニューヨークへ送り出すのではなく、このボストンに「新しい聖地」を作ろうとしている。


「ショーン様……。アタクシのポリリズムは、ショーン様のタクトのためにあるんです。変拍子だろうが何だろうが、完璧にキープして差し上げますわ!」


マスミのアフロヘアーが、決意と共に波打つ。ローズは小柄な体でベースを支え、静かに、しかし断固とした視線を僕に向けた。


「……ハミルトンさん。私、もうベースを手放したくありません。……あなたの作る音楽の中で、もっと重低音を響かせたいんです」


僕の喉の奥が、熱くなるのを感じた。


「……やれやれ。欠陥品同士、仲良くゴミ溜めで共鳴しようっていうのか」


僕は、ギブソンのフルアコを手に取った。指先はまだ痛む。だが、彼らが提示する「未完成のテンション」が、僕の魂を揺さぶる。


「いいだろう。……ただし、練習は地獄だぞ。僕のシゴキに耐えられず、楽器をベルごと武器にするような真似をするヤツは、即刻クビだ」


「あは! ショーン、やる気満々だね! アタシも『もじゃもじゃ組曲』の最新版、用意しちゃうもんね!」


メグが、僕の肩に寄りかかる。その青い瞳に、僕の姿が映っている。それは、恐怖に怯える航空機事故の生存者ではなく、新しい音楽の幕開けを告げるディレクターの顔だった。


ボストンの冬はまだ終わらない。チャールズ川を吹き抜ける風は依然として冷たいが、僕たちの心臓は、確実に新しいスウィングを刻み始めている。


招待状をポケットにねじ込む。ニューヨーク。パリ。そこへ行くための手段は、まだ見つかっていない。だが、このボストンという座標を、世界で最もヒップなジャズの震源地へと変えることはできる。


「……行くぞ。まずは『レッド・ランタン』で、作戦会議だ」


「おー!」


野生の宝石たちが、一斉に動き出す。僕という座標が、初めて大きく揺れた。再会という名のインプロヴィゼーションは、まだ始まったばかりだ。

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