未完成のテンション、あるいは「座標」を喪失した僕たちのための鎮魂歌
ボストンの冬は、不完全なものを容赦しない。
チャールズ川沿いを吹き抜ける風は、今夜も剃刀のような鋭さで僕の頬を削ぎ、ライアンたちが寝泊まりするダイナー『レッド・ランタン』のネオンが、雪に滲んで滲んで滲んでいく。
僕はコートの襟を立て、スマートフォンの画面を消した。バックライトが消えると、暗闇の中に僕の白い吐息だけが残る。
「……やれやれ」
自嘲気味に呟く。僕の人生は、今どこにあるのか。
ボストン。バークリー。S・ビッグバンド。そしてメグ・ポッター。
飛行機への恐怖も、水難事故の記憶も、何一つ解決していない。だが、隣でカニを頬張る「野生の宝石」が、僕の設計図を書き換えてしまったのだ。
「……ショーン」
背後から声。振り返ると、メグが雪の中に立っていた。マングースの耳を腰に結び、裸足に分厚い靴下という非常識な装いで、こちらに向かって歩いてくる。
「素足で外を歩くな。凍傷になる」
「大丈夫。あたしの足は、寒さより音楽が好きだから」
「それは何の理屈にもなっていない」
彼女は僕の隣に並び、ネオンの滲んだ雪道を見つめた。
「ショーン。S・ビッグバンドって、最終的にどうなるの?」
「どうなるとは」
「解散? それとも、続く?」
「……続けるかどうかを決めるのは、メンバーだ。僕が決めることじゃない」
「でも、キミがいないと音楽が成立しない」
「それは過大評価だ」
「過大評価じゃない。シモン——ハリセンが言ってた。ショーンが書くアレンジがなければ、あたしたちはただのガラクタだって」
ハリセン。ライアンのことだ。あいつがそんな言い方をするとは、珍しい。
「……お前たちは、ガラクタではない」
「知ってる。でも、ショーンが言ってくれないと、信じられない人たちがいる。あたしは信じてるけど」
僕は、彼女の横顔を見た。
雪が、彼女の青い瞳に映って白く光っていた。
「——帰れ。夕飯を作る」
「やった。何?」
「お前の好きなものでいい。ただし、食べながら次のリハーサルの話をする」
「あは。ご飯と音楽、一緒に食べる感じ」
「そういう言い方はやめろ。ついてこい」
僕は歩き出した。
背後で、メグが雪を踏む音がした。
ボストンの冬は、まだ終わらない。だが、足元の雪が少しだけ、温かく感じた。




