深夜のグルーヴ、あるいは楽器を失う者が抱える「弦の墓標」
深夜二時。ボストンの聖域には、僕たちの荒い呼吸音だけが満ちている。 メグはローズピアノの鍵盤から手を離し、暗闇の中にじっと佇んでいる。僕は足元に転がるギターの破片を見つめていた。練習中の激しすぎる共鳴に耐えきれず、愛器のネックが限界を迎えたのだ。
「楽器を失うことは、自分の魂の一部を削がれることと等しい」 父の声が脳裏をよぎる。かつて僕を支配していた音楽理論の呪縛が、沈黙となって部屋を支配する。
「ショーン。そんな顔しないで」 メグの声が響く。彼女は暗闇の中で、静かにピアノに向き直った。
「……楽器がなければ、指で空気を鳴らせばいい。私たちが失えないものは、音を聴く耳と、音を作ろうとする意志だけだから」
一本の弦が、切れた。 だが、僕たちの「接続」は——まだ、切れていなかった。
「修理できるか?」
「……一週間あれば」
「分かった。一週間、お前のローズだけで練習する」
「……うん。私のローズ、喜ぶよ」
メグが、ローズの鍵盤を一音だけ叩いた。
その音が、静寂の中で、長く、長く、尾を引いた。
楽器を失う痛みは、そのままだ。しかし、この部屋にある「音楽」は、どんな楽器が壊れても、消えることがない。
ネックの折れたギターを脇に置き、僕は床に腰を下ろした。メグの弾くローズの音に耳を傾けながら、僕はようやく、この夜に音符が一つ、増えたような気がした。
夜明けが近い。 楽器という名の重力から解放された僕たちは、今夜、ようやく銀河の果てまで届くような、真に自由なグルーヴを見つけた。




