凍てつく青の狂詩曲、あるいは神の筆致を汚す天使のインプロヴィゼーション
ボストンの冬は、嘘をつかない。
夜の練習室。S・ビッグバンドのメンバーが揃うはずだったが、来たのは僕とメグとライアンの三人だけだった。
「どこだ、あいつら」
「マスミちゃんはバイトって言ってた。ローズは熱」ライアンがあっけらかんと言う。「三人でやっちゃえばいいじゃないか」
「ギター、サックス、ピアノで『アンサンブル』ができると思うか」
「できるかどうかじゃなく、やるかどうかだろ」
それは、ライアンらしくない答えだった。
僕は、反論しかけてやめた。
「……何を弾く」
「俺はさ、ショーン。前から聴きたかったんだけど」ライアンが、サックスのリードを湿らせながら言った。「お前が書くアレンジって、なんであんなに音が怖いんだ?」
「怖い?」
「怖い。完璧で、すごくて、だけど、触ったら切れそうで。俺、最初に楽譜もらった時、弾くのが嫌だった。上手く吹けないと責められる気がして」
僕は、返答に詰まった。
「……それが設計図というものだ。感情で崩れては困る」
「でも、人間が吹くんだぞ。感情をゼロにはできないだろ」
「——お前が言いたいのは、僕の譜面が演奏しにくいということか」
「そうじゃない。ただ、怖くなくなったら、もっといいかもしれないって」
メグが、ピアノの前でじっと二人の会話を聴いていた。
「……ショーン」
「なんだ」
「ライアンの言ってること、正しいと思う。あたし、ショーンの譜面を最初に見た時、音符が悲鳴を上げてると思った」
「悲鳴?」
「ちゃんと鳴ってほしくて、でも鳴れなくて、叫んでる音。それがショーンの書く音」
僕は、彼女の言葉を否定しようとして、できなかった。
ライアンがサックスを構えた。
「じゃあ、アドリブでいこう。何もなしで。音符なしで」
「——そういう練習は意味がない」
「意味があるかどうかじゃない。怖くない音を一回出してみようって話だ」
僕は、しばらく黙っていた。
それから、ギブソンのフレットに手を置いた。
スコアはない。ライアンが吹く。それだけだ。
ライアンの最初の一音は、案の定ゆるくて、外れていた。だが、それは確かに「ライアンの音」だった。
メグがそこに重なった。
僕は、二人の音を聴きながら、自分の指がどこへ行くかを初めて、自分に決めさせた。
三人の音が、練習室の暗闇に広がっていく。
翌朝、シュタインがやってきた。「昨夜、何かやったね、キミたち。壁から漏れてきた音が、これまでと違ったから」
僕は黙っていた。
彼が何を言いたいのか、分かっていたから。




