聖者の行進、あるいは青い火花が歴史を焼き尽くす夜について
マルレ・ジャズ・オーケストラの定期公演、当日。
会場であるサル・プレエルの舞台裏は、名門楽団の誇りと、僕が持ち込んだ劇薬への拒絶反応が混ざり合い、爆発寸前のボイラー室のような熱気に包まれていた。
昨日の「絶望的なセッション」は——想定以上の結果をもたらした。
メグの「設計図もどき」と僕のスコアは、最初の三十分は文字通り崩壊し続けた。だが崩壊の中で、シモンが初めて「設計図の外」で楽器を鳴らした。ノエミが、初めて目を閉じて弾いた。それが、公演本番の「骨格」になった。
僕は鏡の前で、漆黒のタキシードの襟を整える。鏡の中に映る自分は、かつてボストンの「座標」に縫い止められ、飛行機の影に怯えていた無力な学生ではない。だが、その瞳の奥には、今もなおゴミ溜めでピアノを奏でる少女の残像が、消えないノイズとして焼き付いている。
「……ショーン」
メグが、舞台袖から顔を出した。珍しくドレスを着ている。まるで場所違いのように見えるが、それでも彼女はごろ太を左腕に抱えていた。
「……その人形を、ステージに持っていく気か」
「持っていきます。ごろ太は、あたしの地図の一部だから」
「却下だ」
「じゃあ、ポケットに入れます」
「ポケットに入れるくらいなら、舞台袖に置いていけ」
「……舞台袖において、見えるところに」
「——好きにしろ」
メグが、小さく笑った。
「ショーン。さっき、シモンさんと話しました」
「何を」
「『今夜は、俺も設計図の外に出る』って言ってました」
その言葉が、胸に重く落ちた。三ヶ月前、僕を「ボストンの若造」と切り捨てていたシモンが。
「——行くぞ。三十秒で出る」
「うん」
ステージに向かう廊下で、メグが僕の袖を一瞬だけ掴んだ。それだけだった。
舞台の照明が落ち、緞帳が上がる。
「メグ。……次は、何を弾く?」
「あは。……ショーンの設計図と、あたしの地図を、重ねたところから出てくる音」
「——それは何の曲だ」
「まだ名前がない。今夜、生まれます」
僕たちの笑い声が、深夜のパリに溶けていく。座標を失った僕たちは、今、音楽という名の銀河を漂う旅人になった。
そこに鳴り響くのは、誰にも、歴史にさえも予測不可能な、僕たちのためのブルー・ノート。再会と、破壊と、そして再生を告げる、永遠のスウィングだった。




