崩壊するロジック、あるいは「野生の宝石」との絶望的なセッションについて
メグが、譜面を持ってきた。
そのこと自体が、前代未聞だった。
マルレの練習場に現れた彼女の手には、ケープコッドの塩タフィーの包み紙に殴り書きされた「設計図もどき」が握られていた。おそらく昨夜、一晩かけて書いたのだろう。ミミズが踊るような「メグ・フォント」で、コードとリズムのメモが隙間なく詰め込まれている。
「……これは何だ」
「あたしの設計図です」
「読める人間がいると思うか」
「キミには読めます」
ニューヨーク、ブルーノート・ワークショップ。そこでの「野生の宝石」の暴走と、霧散した再会の記憶。そしてパリでの再会。僕は今、マルレ・ジャズ・オーケストラの練習場で、メグの「設計図もどき」と自分のスコアを並べて眺めていた。頭の中では、メグが最後に残した、あの不規則で、暴力的なまでに美しいポリリズムが鳴り止まない。
「ショーン。いつまで石像の真似をしているんだ? 楽器を鳴らしたくて、連中のフラストレーションは臨界点だぞ」
事務局長のテオ・ベルナールが、おずおずと声をかけてくる。
「少し待て」
僕は、メグの「設計図もどき」を丁寧に読んだ。
驚いた。
理論的な記法は出鱈目に近い。音符の位置も、拍子の記載も、正確とは言い難い。だが——彼女が何を求めているかは、分かった。これは、僕のスコアへの「返答」だった。僕が論理で組み上げた構造に対して、彼女は感覚で応答を書いてきた。
「——いいだろう。これを使う」
「え?」シモンが眉を上げた。「そのぐしゃぐしゃのメモを?」
「補完する。お前たちは僕のスコアを持て。メグはこのメモで弾く。どう噛み合うか、試す」
「絶望的なセッションになりますよ」とテオが呻いた。
「絶望的なセッションこそが、ジャズだ」
僕は、自分の存在を呪い、そして祝福する。彼女という、論理の外側にある「野生の宝石」を手に入れてしまった。これが僕の破滅の始まりか、それとも革命の産声か。答えは、まだ譜面の外側にある。
紺碧の境界線を越えるための、絶望的なスウィング。僕たちは今、ゴミ溜めの中から、銀河へと手を伸ばした。そこに鳴り響くのは、誰にも、神にさえも予測不可能な、僕たちのためのブルー・ノートだった。




