海と陸
エラフィールとレミンが飛ばされ、アルシアは二人を追おうと駆け出す。飛び出した獲物を待ち望んでいたかのように、ペレスメジロザメがまるで飛びかかる。
「アルシアさん伏せて!!」
アルシアは頭を抱えながら滑り込むようにしゃがんだ。ロザンナはペレスメジロザメに向けて魔法を放つ。
現れた荊の氷はその場一帯に結界を張るように木々に巻きつき、生物たちを呑み込んでいった。アルシアを襲おうとしていたペレスメジロザメも荊に阻まれた。
「ありがとうございます、ロザンナさん」
危機を逃れたことに安堵し、肩の力が抜けた。だが、その安らぎも束の間、アルシアがパッと後ろを振り返ると同時に戦慄に似た何かが彼女の肩を強く掴んでいた。
「……あらあら、海の生き物は優しくしなきゃダメじゃない、人間なんかよりも尊い存在なんだから」
そこに誰かが近づいてきた気配など、微塵もなかった。ただ瞬きをした、そのわずかな隙に。二人の間には、いつからそこにいたのか分からない女が立っていた。その声は端に薄い笑みを滲ませ、わざとらしく言葉を転がし、ロザンナとアルシアを挑発する。
ロザンナはすかさず氷の剣を二本作り出し、両手に構える。
「あなた一体いつからここに?」
ロザンナは剣先を女へと真っ直ぐ突きつけた。鋭い切っ先を逸らすことなく、冷えた眼差しで見据えながら、問いかける。
「最初から、あなたたちが気がつかないだけでずっと近くにいたわよ。それにしても、あなたたちのお仲間は酷いことするのね。私の大切な子たちがみんな死んでしまったわ」
女は下に散らばった死んだ魚を拾い上げ、そっと撫でた。その顔には、悲しみだけでは到底言い表せないものが浮かんでいた。涙の奥に沈んでいるのは、悲哀よりもなお昏く、深かった。
「私の相方はエラフィールさんにどうも執心しているらしくてね。この島に着いてからずっと殺したがっていたわ。私は別に興味なんてないし、めんどくさそうだから巻き込まれたくなかったけれど、こんな地獄を生み出してしまうような人なら、私も殺してしまいたくなったわ」
その最後の言葉が途切れるより早く、ロザンナの腕が閃いた。
次の瞬間、一振りの氷の剣が手を離れ、唸りを上げながら正面の敵へと飛翔する。鋭く重々しい刃は狙いを違わず敵へと迫った。
「くらえ!!」
迫りくる剣をなんとも思っていないのか、女はただその場で眉間にシワを寄らせながら立っていた。
「チッ……」
舌打ちをした瞬間、どこからか人には聞こえない微かに感じ取れるだけの音が鳴り響く。音が駆け巡った時、ロザンナが投げた剣と手に持っていたもう一本が無数の氷片へと砕け、煌めく氷片が辺り一面へと吹き散った。
「ギートギルス!!」
海の魔術師が名前を叫んだ。
ロザンナとアルシアは背後から漂う異様な気配に、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。頭上へと伸びたいくつもの影が、まるで逃げ道を塞ぐように二人を呑み込んでいく。
ロザンナは横目にそいつの姿を見た。
淡い水色の鱗を纏ったそいつが、静かにそこに佇んでいた。角の生えた太刀魚のようだが、その姿はほとんど竜と酷似していた。背丈は人の背よりも大きく、巨大な怪物を想像させる威圧感はない。しかし、異様に感じるほどの神秘的な気配が、周囲の空気をひそかに震わせていた。
アルシアがギートギルスから目線を外さないように慎重になりながら、ロザンナと背中合わせになる。重々しく口を開き、それがいかに恐ろしい存在なのかを、静かに語り始めた。
「ギートギルス、どの生物よりも縄張り意識が高く、攻撃的で凶暴、海の中では天敵がいません」
その時、二人のまわりを泳ぐギートギルスの口元がわずかに開いた。大きく裂けた口の奥で、凶悪な牙が一瞬だけ白く露わになる。二人を捉えるその目には、獲物を前にした捕食者と同じ、底知れない飢えと殺気が宿っていた。
ロザンナはギートギルスを睨み返しながら剣を抜いた。
「けど、本来こいつらは陸で生息できない、原理は分からないけれど今は魔法で陸地でも生かされている状態。つまり、海の中よりも弱点が多いはず。それにギートギルスの生態については私も少しだけ知ってることがある。アルシアさん、この戦い必勝法がある」




