まるで幻想的だった
切り開かれた空間に巻き込まれたレミンは、エラフィールと同じように離れた所まで瞬間移動してしまっていた。
中途半端に巻き込まれたレミンに着地地点はなく、巻き込まれた瞬間、吹き飛ばされたように木に激突した。数十秒間意識を失い、今に至る。
「訳わかんない魔法使いやがって!!」
レミンの勢い任せな刺突が野獣のように剣士に襲いかかる。
「なんだ貴様……!!」
剣士は突如現れたレミンの刺突を右手の剣と左手の銃で器用にいなす。剣でレミンの刺突の軌道をずらし、銃を足元に向けて発砲し勢いを殺す。
踏み込んだ右足のつま先を弾が貫通し、身体のバランスが膝から崩れ落ちる。
「イッ……その弾飛ばすやつずるだろ!!」
「黙れ!! 急に現れたお前が何を言うか!!」
レミンの一瞬の踏み込みと鞭のように放たれた右足が、左手の銃だけを正確に捉え、蹴撃が閃光のように走った。甲高い金属音を響かせながら銃は宙へと弾き飛んだ。
「剣士なら剣士らしく戦え!!」
「臨むところだ」
剣士は右手の剣でレミンをぶった斬るように一直線に斬り上げた。しかし、寸前にレミンは左脚を下げながら身体を捻り、剣の軌道から身体をずらした。剣は空間に軌跡を描いただけにすぎなかった。
「危な」
攻撃の合間にできた一瞬の隙、レミンは右手の剣を空中で転がしながら左手に持ち替えた。柄を握り直した左腕が低く構えられ、次の一撃に備えて全身の力が研ぎ澄まされていた。左足の踏み込みにより勢いを余すことなく乗せられた剣は、銀の軌跡を描きながら敵へと伸び、その身体を深々と貫かんとしていた。
レミンが転じて攻撃の姿勢を見せた瞬間、エラフィールは叫んだ。
「よせレミン!! 今のそいつに攻撃をしてはならない!!」
が、彼女の声はレミンに届かず、レミンの剣は放たれた矢のように制御不能な状態へと変わっていた。危機的状況を察したエラフィールは自分の身体を魔法で治し、レミンに向かって走り出した。
レミンの剣が敵に届く瞬間、彼はさらに力を込めて身体を前のめりに体重移動、最初の一撃にしてトドメを刺そうとする。
「な……何ィ!?」
必中と思われた一撃。しかし、その刃は胸に届く寸前、まるで意思を持ったように、剣があり得ない軌道へと曲がっていった。剣を握る力が一瞬緩んでしまうほどの不自然な状況。
レミンは剣の軌道を変えようと力の方向を女に向けて、斬撃を繰り出そうとするも、それに伴って剣はさらにひどい形になる。
「クソッ!! 一体どうなってやがる!!」
剣士の女は挑発的な笑みを浮かべたまま、まるで遊戯に興じるかのような余裕を見せていた。右手の剣を放り投げ、レミンの右腕をガシッと掴んだ。
「私がただ剣を空振ったとでも思ったか? いいや違うな、空間を切り開いたんだよ! お前のこの攻撃を、今のこの状況を誘うために!」
剣士の女は銃のトリガーに指をかけた。レミンの防御の壁が手薄になった刹那、露わになった腹部へ照準は吸い寄せられるように定まる。そして、乾いた銃声が空気を裂き、その一瞬を永遠へと刻みつけた。
「この……クソ野郎」
激痛が全身を貫いた。腹部へ叩き込まれた弾丸による激痛と衝撃に息が詰まり、レミンは呻き声とともに片膝をついた。
「そこで負け犬らしく、無様にくたばってろ!!」
レミンの額へと押し付けられた銃口は氷のように冷たく、その感触だけが妙に鮮明だった。引き金が引かれるまでのわずかな静寂の中、彼はすべてを悟る。
「クソ野郎……」
レミンが目を閉じるほんの僅かな一瞬の前、水色を帯びた一筋の閃光が二人の間を貫く。
「何……!?」
その一閃はレミンを死の淵から救い上げると、剣士の左手首を鮮やかに断ち切った。遅れて絶叫が響き渡り、切り落とされた手首が地面を転がる。
「ぐあああッ……この!!」
神速の一閃、一筋を描いた閃光の正体はエラフィールだった。彼女は銃口を突きつけられたレミンを救出すると同時に敵のコンパクトな刀捌きにより剣士の銃を握る左手首を切り落とした。
抱き抱えたレミンを、静かに膝を折りながら下ろす。その手つきには、一切の迷いも乱暴さもなかった。
「すまないレミン、さっき自分の身体を治したばっかりで、君を治すのに少々時間がいる。それまでここで待っていてくれないか?」
エラフィールは迷いなく、傷の深さを一目で見抜くと、必要な処置を流れるような動作で施していく。その手つきが豊富な経験を物語っていた。
「ありがとう、エラフィール……あんたは、どうするつもりなんだ?」
「なに、ちょっとあいつと決着をつけてくるだけだよ」
刀を担ぎながら立ち上がったエラフィール。
その姿は、まるで偉人の絵画のように凛々しい佇まいだった。宝石のような美しい光を放つ瞳で、じっとレミンは見つめた。
レミンは吸い込まれるように彼女の瞳に釘付けになった。そしてエラフィールはレミンに安心感を与えるよう、その頬に朗らかな笑みを灯す。嫣然とは少し違う温かみのある表情。
そのまま彼女は遠ざかるように、まるで消えてしまうように進んでいった。消えてしまうと言っても、姿が見えなくなったり、存在がなくなったりするのでない。森を彩る深緑の中に一雫の水色を加えにいくような、作品の完成を見届けるような感じだった。
「さあ、決着をつけるぞ半端者」
エラフィールの双眸は刃にも似た鋭さで眼前の敵を射抜いていた。
「お前、殺してやる……絶対に、絶対に殺してやる」
剣士の女も負けじと威勢よく口汚い言葉を放つ。左手首にはキツく巻かれた包帯に血が滲み、額には青筋が浮かび、食いしばった歯の隙間から荒い息が漏れる。
「そうか、ならあなたに時間を与えるわ。選びなさい、自分で放り投げた剣を拾いに行くか、それとも真下に落ちた拳銃を拾い上げるか」
自分のことを軽んじるようなエラフィールの発言に、剣士の女の怒気が一段と膨れ上がる。
「なんだ貴様、私のことを舐めているのか!?」
相手の怒声が空気を震わせても、エラフィールの呼吸は乱れない。その瞳には焦りも恐れもなく、ただ静かな理性だけが宿っている。
「いいや、舐めてなどいないさ。ただ私は少しでも対等に戦いたいと思っているだけだよ。ほら早く選びなさい、人生最後の瞬間に自分は何を握りしめながら死んでいくのか」
剣士の女は呼吸を整え、その視線は二つの武器の間を何度も往復した。そのどちらにも手を伸ばせず、彼女は刹那の逡巡を飲み込んだ。迫るタイムリミット、自分を締め付けてくるような焦燥感に駆られた彼女は、足元に落ちた拳銃を拾い上げた。
「エラフィールに私の魔法を見られた以上もう使うことはできない、剣の勝負に持ち込んだとて、私に勝ち目はない……」
震える指先で照準を合わせ、銃口がようやくエラフィールを捉えたときには、もう遅かった。エラフィールの姿は風を裂くように駆け出していた。
「愚か者め」
エラフィールが通り過ぎた。
拳銃を握りしめただけの剣士の女は何も感じなかった。しかし、自分が斬り殺された感覚だけは鮮明に感じた。
エラフィールの剣閃が静かに走り、遅れて崩れ落ちたその姿は、もはや人の形を保っていなかった。
「ああ、ちくしょう」
痛みは感じなかった。崩れ落ちる身体と薄れていく意識の中で彼女はこびりつくような後悔を感じていた。これまでの人生で何十年と修行して培ってきた技ではなく、なぜ拳銃を取ってしまったのか、あのまま剣を取っておけばこうはならなかったと死際に呪いのような後悔が残った。
「もっと自分の技を信じて、極めていればこうはならなかったのにな、残念な奴だ」
エラフィールは刀を収めながら、悲しげにそう呟いた。胸ポケットから取り出したタバコに火をつけ、空を見上げながら煙を吐く。
この一連の流れを見ていたレミンは、あまりの鮮やかさに言葉を失い、一瞬も見逃すことなく目を凝らしていた。
揺れるように靡く水色の髪は嫋やかで、彼女の仕草一つ一つに意識を奪われていた。流麗に紡がれる技の動作は彼の心に深い余韻を残していた。




