海底-2m ③
魚たちの魂が抜け落ち、一時的な脅威が去った四人はその場に留まった。
「まあ気を取り直しましょ、自己紹介がまだだったね、私はエラフィール、あなたたちは?」
少年は地面に落ちていった魚を拾い上げ、不思議そうにじっくりと観察していた。不意にエラフィールから声をかけられ、彼女の方を向く。
「え? ああ自己紹介か、俺はレミンだ。大した魔法は使えないが、剣の腕なら自信がある」
投げた剣の一撃でサメを倒したり、エラフィールが魔法を発動する前にはレミンが魚たちを掃討しようとしていたことから、剣の腕は確か。
「そうかレミンか、その後ろにいる聖女様はなんて名前なんだい?」
聖女はレミンの後ろから一歩前に出る。
その表情はとても柔らかく、指先を揃えて裾を整える何気ない仕草でさえ、磨かれた礼節と気品を感じさせる。凛とした姿勢のまま穏やかな眼差しを向けた。白く細い指先を揃え、祈るように胸元で手を重ねる。
「はじめまして。わたくしは聖女アルシアと申します。未熟者ではございますが、皆様のお力になれますよう誠心誠意努めてまいります。どうぞよろしくお願いいたします」
ロザンナは危機感を感じた。見た感じ自分よりも年下なのに、自分よりも礼儀正しく、優雅な振る舞いに品がある。ロザンナは負けじとスカートの裾を軽く摘み、膝を曲げた。
「ご機嫌よう。偶然とはいえ、こうしてお会いできたのも何かの縁でしょう。私はロザンナと申します。以後、お見知り置きを」
にっこりと作り笑顔でアルシアを見上げる。それに対してアルシアは、まるで日差しを味方につけたような朗らかな笑顔でロザンナと目を合わせる。
「エラフィール、私はもう無理かもしれない」
「これは確かに無理ね」
エラフィールが哀れみの眼差しでロザンナに一声かけた。落胆した様子のロザンナはパタリと摘んでいたスカートを離す。それとほぼ同時に、エラフィールが茂みに向かってナイフを投げた。
「いい加減しつこいな」
茂みの中から、ナイフが頭部に突き刺さり絶命したウチワシュモクザメが姿を見せた。口の中からまだ生きている蟹が逃げ出す。
「私たちにイタズラしてくる術者を倒さない限り、これは終わらないようね。ここは作戦を立てよう」
エラフィールの提案に全員が深く頷いた。四人の中に異論を挟む者は、一人としていなかった。ただ一人、木の上からの刺客を除いて。
「いいや、貴様らの作戦など必要ない。私とお前との一騎討ちだ」
まるで稲妻のように突如として現れたそいつは、振りかざした剣を一直線にエラフィールに叩き込む。エラフィールは素早く剣を作り出し、なんとかして一撃を受け止める。
「エラフィール!!」
ロザンナが左手に氷剣を作り、現れた剣士の女に剣先を向ける。それと同時に彼女の背後には氷で出来た剣や槍が構成されていく。
「お前にしては仲間が多いな、だが私が望むのは一騎打ちだ」
剣士の女は左手でエラフィールの首を締め上げるように掴んだ。そして鍔迫り合いをしていた剣を大袈裟なまでに振り抜いた。エラフィールの剣を真っ二つに破壊し、勢いを落とさず後方の何もない空間も切り開いた。
「くらえ!!」
ロザンナは奥位魔法を発動し、氷で出来た無数の剣や槍が発射された。無数の弾道は一直線に剣士の女に向かっていく。しかし、剣士の女とエラフィールは姿を消すように一瞬にして後方へ吹き飛ぶ。
「な!?」
剣や槍は残像だけを撃ち抜き、何も貫くことなく無情にも過ぎ去っていった。
「さあ、邪魔はいなくなった。エラフィール、私と存分にやり合いましょう」
ロザンナたちの場所から遠く引き離され、剣士の望むように強制的な一騎打ちとなってしまった。エラフィールは身体を捻りながら、鋭く剣士の顔面を蹴り飛ばす。剣士の左手が自分の首から離れた瞬間、エラフィールはさらに彼女の腹部に蹴りを入れ、距離を離した。
「お前、何が目的だ? なぜ私と戦いたい?」
剣士は起き上がりながら、唇の血を袖で拭い取る。その口元は薄く綻んでいるようにも見えた。
「私はお前を倒し、七星覇になる。名誉も地位も得て、あいつらを蹴落とす。それが私の目的だ」
エラフィールは深々と息を吐き、諦めにも似た呆れを滲ませ、剣士を睨んだ。握りしめた刀の力みを緩め、肩を落として脱力を味わう。
「勘違いしているな、私を倒したところでお前は七星覇になれないし、名誉も地位も得ることはできない。そもそも、私を倒すことすら出来ないのに」
剣士は怒りを額に募らせた。右手をグッと強く握りしめ、怒りに満ちた殺意をエラフィールに向ける。
彼女の魔法は剣で空間を自在に操ることができる。切り開いた空間に一歩踏み出せば、瞬間移動をすることもでき、切るという行動させすれば、どんな空間も切り開くことができる。
「そんな戯言……くたばれ!!」
刹那、彼女は剣を下から振り上げ空間を切り開いた。一歩踏み出した瞬間、音も、光すらもなく歪んだ空間だけを残して、彼女は一瞬でエラフィールの眼前に現れた。
振り上げた剣を波のように力強く振り下ろし、エラフィールを唐竹割りにしようとした瞬間、振り下ろすよりも速く彼女の脇腹から逆袈裟に刃が滑り込む。
「ッッ!!」
神速すらも凌駕する抜刀は瞬間移動した剣士にすら見切れぬ速さの斬撃となった。刃が身体に入り込む瞬間、彼女は後方の空間を切り開き、戻って行くように後ろへと瞬間移動し、傷を浅く抑えた。
「クソ……!!」
片膝を地につき、荒い息を吐きながら傷口を押さえ込む。掌の隙間からなおも滲む鮮血に眉をひそめ、それでも力を緩めることはなかった。
顔を上げると、エラフィールが刀を握り直しながら一歩ずつ近づいてくる。
「攻撃の瞬間に魔法を発動させ、傷を浅くしたのは良い判断だ。だがその程度だ。所詮お前の速さは魔法に頼ったものにすぎない、魔法に頼らなくては自分で加速すらできないような奴、私はおろか、今の七星覇にすら敵わんよ」
「貴様……!!」
剣士は地面を叩きつけ舌打ちをし、周囲に魔力の殺気を漂わせながら力強く立ち上がる、フリをした。
耳をつんざく発砲音。乾いた銃声が響いた次の瞬間、放たれた弾丸は一直線にエラフィールを貫いた。
「隠し持っていたか」
腹部の三箇所を撃たれ、血が噴き出すように流れ出る。遅れて熱を帯びた痛みが全身へ広がり、思わず膝をつく。
剣士の女は勝ち誇った笑みを浮かべ、愉悦を隠そうともせず相手を見下ろす。血濡れた左手には懐から取り出したリボルバー式の小型銃を握る。その表情には「やってやった」と語るような余裕が滲んでいる。
「さあどうするエラフィール? 治すか? でも治してしまったら魔法が使えなくなっちまうもんな!? けれど普通の治癒魔法だと時間がかかりすぎちまうから意味ないよな!!」
「私のことをよく知っているな……」
エラフィールの頭に照準を合わせ、引き金に指をかけた。その姿は剣士であるという誇りを捨て、ただエラフィールを殺すために彼女に立ちはだかる鬼畜と化していた。
とどめを刺そうとにやつき顔の口角が上がある。
その瞬間、レミンが叫んだ。
「くたばれゲス野郎!!」




