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ミチシルベの魔法  作者: 咲桜炸朔
第三章 星を描く追憶
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海底-2m ②

 その声とほぼ同時に、一本の剣がサメの(えら)を穿った。ロザンナはこの瞬間、自分が助けられたのか、殺されかけたのか、訳もわからずに怯える。


 サメは激しく血を撒き散らしながら絶命していく。みるみると噛む力がなくなり、ロザンナの腕から滑り落ちる。深く噛まれたロザンナの腕からは、行き場を失った鮮血が流れる。


「ロザンナ!!」


 彼女の名前を大きな声で呼びながら、エラフィールが走ってくる。しかし、彼女の呼びかけにも反応せず、ロザンナは呆然と立ち尽くした。そして膝を曲げながら、サメを穿った剣を拾い上げる。


「……これ一体誰が?」


 エラフィールは心配そうに駆け寄るなり、ロザンナの肩を掴む。


「ロザンナ、無事か? 腕から出血をしているな、治すからじっとしてて」


 エラフィールが触れた瞬間、ロザンナの怪我も破れた服も全てが元通りに戻った。


「ええ、ありがとうエラフィール、それとこの剣……」


 彼女は拾った一本の剣をエラフィールに差し出した。エラフィールは剣を受け取ると、刃先から柄に至るまで、丹念に目を走らせた。(えら)をやられたサメにも目をやり、状況を把握する。


「この争奪戦は敵が一人現れたら二人以上は敵がいると思っておいた方がいい。そしておそらく、この魚たちの魔法使いと剣を投げてきた奴は敵どうしであると考えるべきね」


「それじゃあ、もしかして……」


「この場に私たちの敵は最低四人いる」


 エラフィールは手に持った剣を地面に置き、ロザンナは息を呑んだ。

 治ったばかりの手は自然と剣の柄を掴む。

 異様な静寂が耳を圧迫する。敵はまだ姿を見せない。二人は周囲へ神経を張り巡らせ、風に揺れる草木の音さえ聞き逃すまいと身構えた。


 そんな二人の緊張感をまるで崩してしまうように、誰かが会話をする声がする。


「アルシア、剣はこっちの方まで飛んでいったよな」


「ええ、そうでした。サメに襲われていた方は無事でしょうか?」


 木々の間から二人の男女が姿を現した。

 男の方は膝丈から太もも丈の長袖上着のチュニックにズボンといった普通の農民の格好だが、女の方はまるで聖女のようなハビットを着ている。ロザンナやエラフィールから見れば、場違いな格好をしている。


 エラフィールもロザンナも躊躇うことなく二人に対して銃先や切先を向ける。ロザンナは左手で氷の剣を作ろうとし、手が空気の中で空振る。


「お、おいおい、急に武器なんか向けてこないでくれ、俺たちは敵じゃない」


「じゃあなぜ私たちの前に現れた?」


 エラフィールは相手を鋭く睨み据え、彼女の張りつめた声が辺りに響いた。少年と聖女は両手を上げながら答えた。


「俺たちはただサメに襲われてる人を助けただけであって敵意があって剣を投げたわけじゃない」


「ええ、そうです!! 私たちは敵意があって剣を投げたのではありません!!」


 ロザンナとエラフィールは視線を交わし合う、二人は静かに武器を収め、張り詰めていた気配をわずかに緩めた。二人から確かに殺気も敵意も感じない。


「すまない、敵意がないにもかかわらず武器を向けてしまった。それからありがとう、あなたたちがロザンナを助けてくれたんだね」


「別にそんな、礼を言われるほどのことじゃない。それよりも、ここは危険だ。早く逃げた方がいい」


 こうして会話していた間にも海の生物たちは数を増し、陸なのか海の中なのかすら怪しい。目を向けた先には必ずと言っていいほど魚たちが泳ぎ回り、上も下も、右も左も全てが海の生物に埋め尽くされていた。

 少年と一緒にいた聖女は白く細い指先を揃え、祈るように胸元で手を重ねた。


「ですがレミン、逃げ道なんてどこにもないのでは?」


 それは至極真っ当な問いだった。逃げようと提案したものの、そもそもどこに逃げるかまでは考えていなかった。彼は唇を固く結んだ。どう包囲を破るか、その答えを必死に探して思考を巡らせる。絞るように答えを導き出した。


「俺が魚どもを切り進むから、後ろからついてきてほしい」


 そして彼はサメを貫いた剣を掲げるように持ち上げた。


「道なら私が切り開く」


 エラフィールは剣を握る彼の肩に手を置き、一歩前に出ながら、迷いのない瞳で敵を見据えながら力強く言い放った。


「私の魔法なら切らずとも道を作れる。まあ元は私の魔法って訳じゃないんだけどね」


 彼女が手を叩いた。

 その瞬間、森の音が全て消えた。

 風が通り過ぎて木の葉が擦れる音も、森の中を自由に泳いでいた魚たちの音も全てが消え去った。その代わりに、同じような音が聞こえ続けた。何かが地面に落下し、それがずっと続く音。


「魚が消えた?」


 空を悠々と泳いでいた魚たちは、ふいに力を失ったように身を震わせ、余すことなく視界に入る全てがそのまま落ちていった。鈍い音を立てて地面に横たわったその姿は、もはや二度と動くことはなかった。

 それを殲滅というにはあまりにも呆気なかった。


 エラフィールは広がった空間に指を差した。


「ほら、道ができたよ」


「……魚いなくなったら逃げる意味ないじゃん」


◇◆◇◆


 青髪の女は木の枝に身を潜め、双眼鏡越しにエラフィールたちの様子をじっと見張り続けていた。


「やられた、私の魚たちが一度に殺された。あいつ一体何者なの?」


 もう一人、剣士の女は木の根元で剣を磨いていた。近くには血の入ったバケツが置いてあり、彼女がロザンナに血をかけた犯人である。


「さっきから言ってるでしょ、あれはエラフィール・セレーネで間違いない。私は間近で見たんだから」


 木の蔦を使い、青髪の女は地面に降りる。周りには彼女を守るように、小型のサメたちが旋回している。


()()があんたの目的だっけ?」


「そう、エラフィールの相手は私がする。邪魔はしないでね」


「そうね、じゃあ私は周りの奴をとっちめようかな」

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