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ミチシルベの魔法  作者: 咲桜炸朔
第三章 星を描く追憶
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追憶の夜

 ギガノトサウルスから逃れるために、二人はただひたすらに走り続けた。幸いにもギガノトサウルスは鳥を食べることに集中しており、二人を追ってくることはなかった。


 息を切らしたロザンナがエラフィールに問いかける。


「それでエラフィール、今日のお夕飯はどうするの?」


 エラフィールはコートの内ポケットから取り出したタバコに火をつけ、肺に煙を送り込む。大量に吸いすぎた煙に思わずむせてしまう。


「もう、探しに行くのも嫌だから、私の魔法で作るよ。ロザンナは何が食べたい?」


 ロザンナは腕を組み悩む。特に何が食べたいという訳でもなく、から揚げが食べれたら良いなとしか考えていなかった。しかし、今ここでも「から揚げが食べたい」と言えば、エラフィールに「こいつどんだけから揚げが食べたいんだよ」と思われかねない。

 彼女は悩んだ末に、一番無難な選択肢を取った。


「エラフィールのおすすめが食べたいな」


 それを聞いたエラフィールは唇をほんの少しだけとがらせながら煙を吐く。眉間には二筋の皺が刻まれ、指で押さえる。おすすめは何かあったかな、と自分がこれまで食べてきた料理を思い出す。そして、一つの案が思い浮かぶ。


「じゃあ、お鍋にしよっか」


「お鍋? 良いわね、ちなみにどんな鍋?」


「つゆ鍋、具材はお肉と野菜だよ」


 エラフィールは吸いかけの煙草を指で弾き、炎で吸殻を燃やす。そして魔法で作り出した机の上にまな板と包丁、土鍋を用意し、鍋の準備を始める。


 まな板の上には既に、白菜やネギ、にんじんなどの野菜が用意されている。エラフィールはそれらの野菜を適度な大きさに切り分けていく。


 彼女が調理を始めた時、ロザンナは後ろからひょっこりと顔を覗かせ、「何か手伝えることある?」と、声をかけた。エラフィールは振り向きざまに手を止める。


「それじゃあ、ロザンナには火を起こしてもらおうかな」


 机の少し後ろ、エラフィールは円形に石を敷き詰め、焚き火スペースを作った。半径は大き過ぎず、使う土鍋よりも少し大きいくらいの広さ。ロザンナに薪と切り株ほどの椅子を渡し、簡単にやり方を説明する。


「この小枝に火をつけたら、そこの円の真ん中に置いて、火が消えないように薪を風通しが良くなるように組み立てるだけだから、やってみて」


「分かった」


「私は材料の仕込みしてるからよろしくね」


 ロザンナは言われた通り、小枝に火をつけ、その上から火が消えないように薪を焚べていった。薪に火が移るごとに、表面が黒くなり、パチパチという音と共に炭になっていく。

 準備を終えたエラフィールが、鍋を持って焚き火に近づく。


「火が安定してきたね。それじゃあ、鍋を始めるよ」


 魔法によって作り出した金具の上に、だしと水の入った鍋を設置し、底の方からじわじわと温めていく。鍋が煮立った時、薄切りにされた肉を入れる。そして肉に火が通り始めたころ、まな板の上に用意していた野菜を全て鍋の中に入れた。


「これで鍋は完成?」


「そうだね。あとは野菜に火が通るのを待つだけだよ」


 ゆらゆらと燃え盛る火を見ながら、ロザンナは顎に手をつき、眠たげにあくびをこぼす。ただ、ぼーっと火を見つめる。何かを考えるわけでもなく、催眠術でもかけられたように火を見つめる。そうしている時、ロザンナはエラフィールにずっと聞こうと思っていたことについて思い出した。


「エラフィールってさ、煙草吸ってるじゃない。もし、吸うのやめてって言ったらやめれる?」


「たぶん無理ね。気がついたら吸ってるから、そう簡単にやめられないよ。というより、ロザンナって煙草嫌いなの?」


「幼い頃は嫌いだったけど、今は別にそこまで嫌いって訳じゃない。ただ幼い頃に、私のわがままで煙草をやめてしまった人がいるんだけど、私がわがままを言ってから一切煙草を吸うことがなくなって、もしかしたら本人にとってはずっと無理をさせてしまったのではないかなってずっと思ってて」


 話を聞いたエラフィールの瞳には深い優しさが映り込み、唇の端が穏やかに上がる。彼女の微笑みは、言葉よりも確かな慰めを伝える手段だった。


「そっか」


 時間が経ち、出来上がった鍋は静かな夜の胸元で、ぐつぐつと小さな火山となった。火は松花のように揺らぎ、透明な蒸気が鍋の縁を白く染める。鍋を彩る野菜たちは、まだ硬さを残す前の眠りを解かれ、絹のように柔らかな色を少しずつ身にまとっていく。

 エラフィールは取り皿に鍋を装い、箸と一緒にロザンナに渡す。


「底の方は熱いから気をつけてね」


「うん、ありがとう」


 ロザンナは掴んだ肉を持ち上げて、ふーっと息を吹きかけながら口に放り込んだ。噛んだ瞬間、味の染み込んだ肉の美味しさが口いっぱいに広がったが、それと同時に舌を火傷するほどの熱さも広がる。


「アッツイけど美味しいね、エラフィール」


「ええ、美味しいけど確かに熱すぎるね、これ」


 口の中を冷ますように、エラフィールが吐息をこぼす。


「そのロザンナのわがままを聞いた人は、きっとあなたのことがとても大切だったからだよ。大切な人に少しでも嫌な思いをして欲しくないから、簡単なわがままくらい叶えてしまうんだよ」


 ロザンナは嬉しさが込み上げたように笑顔を見せる。フランカが自分のことを大切に思ってくれていた、と改めて知ることができて、心の中が温かく、じんわりと優しさが広がっていくのを感じた。


「それでロザンナ、その人はどんな人だったの?」


「えっとね、とっても優しくて、カッコよくて、昔は七星覇に選ばれそうにもなったことがあるくらい誰よりも強い人。最初に会ったときの印象は良くなかったけど、でもいつも私を助けてくれて、私のことを独りぼっちにしない、感謝してもしきれないくらい私の大切な人」


「そっか、それじゃあ、ロザンナはその人のためにも、この島で強くなって生きて帰らなきゃね。ところで、その人の髪って赤い?」


「え? そうだよ」


 エラフィールは何か知ってるように「ああ」と呟く。唇に指を当て、もう一つの質問をロザンナに投げかける。


「ねえ、もしかしてだけどその人の名前ってフランカ?」


「え!? 知ってるの!?」


 ロザンナの瞳が瞬間だけ見開く、彼女の表情は鼓動と同じ速さで跳ね上がる。驚きのあまり、飲んでいた鍋のつゆを誤って勢いよく飲み込んでしまい、前屈みになって咳をしてしまう。


「ちょっとロザンナ、大丈夫?」


 咳が落ち着いたロザンナは咳払いをし、コップ一杯の水を飲む。


「ええ、大丈夫。それよりもどうしてエラフィールがフランカのことを知ってるの?」


「知ってるも何も、フランカとは一度、戦ったことがあるから」


「戦ったの!? それでそれで、フランカとエラフィールはどっちが勝ったの?」


 未知の扉を開けるように、ロザンナは好奇心からその質問を投げかけた。彼女の瞳の奥に陽光がちらつき、微かなまばたきのたびに、好奇心が一層濃く息づく。

 エラフィールは薄く笑うように、悲しげな表情を浮かべ、口を開く。


「ああ、負けたよ。私じゃ彼女に勝つことはできなかった」


 普段とは違うエラフィールの雰囲気、過去を見通すような眼差しに、ロザンナは想像を働かせた。頭の中ではまるで壁画のように、情景が広がっていく。思わず莞爾とした表情が溢れ出る。

 

「そうだったんだね。なんだか、二人が戦ってる姿も見てみたいな」


 ロザンナが思いを馳せる。エラフィールの目を見つめ、遠い記憶に触れる。

 この場で彼女だけが知っている思い出話、エラフィールは遠くを見るように、空を眺める。


「うん、私も、もう一度彼女と会ってみたい。それに、あれはかなり昔のことだから今戦ったらまた違う結果かもしれないしね」


「そうだったんだね。というか、エラフィールって結構負けず嫌いだよね」


「ええ、そうかなぁ」


 二人は同時に笑い合う。

 そして二人の会話は鍋の中身がなくなっても終わることはなかった。


◇◆◇◆


 夕食も終え、就寝の準備を始める。

 エラフィールがハンモックを木に設置し、テントを張るように網目の細かいネットを設営した。

 不思議に思ったロザンナがネットをいじりながら、設営中のエラフィールに話しかける。


「ねぇエラフィール、このネットって意味あるの?」


「ええ、意味ならあるよ。ロザンナは美味しい朝ごはんを食べたいでしょ?」


「そりゃもちろん」


「なら掛けるべきよ。これしてないと夜寝てるとき、野生の虫どもがあなたをお腹いっぱいにしにくるわ」


「おお、気持ち悪い。それならもう早く用意してしまいましょう」

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