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ミチシルベの魔法  作者: 咲桜炸朔
第三章 その戦場は、かつて花園だった
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奥位魔法

 その怪物は右目を潰されてなお、残った左目でロザンナを逃さぬよう、睨み続けた。

 その目はさっきまでの好奇心から、完全なる殺意へと変わりきっていた。


 ロザンナは全身に魔力を纏わせ、勢いに任せて剣を抜いた。エラフィールのような一瞬にして、鮮やかな抜刀ではなく、無駄に力が入った抜刀。そもそも、ロザンナの剣ではエラフィールのような抜刀術を使うことはできない。斬撃に特化した刀は、運動エネルギーが刀の進行方向の初速を妨げない形となっているが、突き刺すことに特化したロザンナの直剣では抜刀というより鞘から剣を引き抜かなければならない。

 

 手から滑り落ちそうになった剣を右手でもう一度握り直す。

 左手を正面に突き出し、自分の周りを白銀に染めようとした。白く色ついた冷気が渦巻くように取り囲もうとしたとき、彼女の顔の横を弾丸が横切った。幸いにも弾丸は当たらなかったが、驚いたロザンナは望縁魔法の発動が途切れてしまった。


 後ろを振り向く瞬間、目だけが先を追い、体はまだ静かに宙を切る。微かな震えを胸元に閉じ込め、唇をかみしめる。


「ちょっとエラフィール!! 邪魔しないで!!」


 弾を使い切った銃を魔法で消滅させ、ロザンナを諭すようにエラフィールが話す。


「落ち着けロザンナ、この戦いの意味をもう一度考えろ。あなたに必要なのは工夫して戦うということ。最初から望縁魔法を無駄撃ちするやり方は、何の工夫にもなっていない。他のやり方を探れ、敵の弱点を行動を癖を見ろ」


 体勢を崩していた鶏が地面を握るように掴み、踏ん張りながら再起の兆しを見せる。呼吸は荒く、胸板に響く低い咆哮が空気を震わせ、視線は鋭く、上から見下ろすようにロザンナを捉え続ける。

 潰れた右目を庇うように鳥は左脚を前にして、身体の右側を後ろにそらし、突撃するための構えを取る。


 ロザンナは鳥の右側から回り込むように走り出す。

 走りながら彼女は、自分の左側に氷の路面を作り上げた。

 まるでスピードスケートのトラックのように湾曲し、鏡のように滑らかで鶏の直前まで続く氷の道を一瞬にして完成させた。彼女のスピードは走るほどに徐々に上がっていく。


 やがて最大の加速度と最高の速度に至ったロザンナは、それを維持したまま走り抜ける。

 身体を傾け、剣を軸のように突き立てながら湾曲した道を滑走する。

 

 ロザンナが作り上げた氷による摩擦の軽減、低い重心と片足体重、それによって普通の人間ではあり得ない速度を獲得した。氷を敷いただけではバランスが安定せず、むしろ転ぶリスクすらあるが、普段から氷の上を歩いているロザンナだからこそ成し得た技。

 

 ゴール直前になったところでロザンナは身を翻し、鳥よりも高い位置に飛び上がる。

 狙いを定めて、自由落下に身を任せ、鳥の胴体一直線に剣を深く突き刺す。


 訳もわからず剣が突き刺さった鳥は、絶叫しながら、ロザンナを振り落とすように暴れ散らかす。翼をばたつかせたり、身体を振り回し続け、痛みに耐える。ロザンナも負けじと剣を離さず、振り落とされないように耐え抜く。


 死角になった右側からの攻撃、目にも止まらぬ速さにより一瞬で視界から消えたロザンナ。鳥からしてしまえば、勘が鋭くなければ、避けることのできないほぼ必中の一撃。


「マズイ、ちょっと緩んじゃった」


 その瞬間、突き刺さった剣が身体から滑るように抜ける。剣が身体から離れた瞬間、振り回され続けたロザンナは吹き飛ばされ、受け身を取れないまま背中を木に強打する。


 肺が潰れ、息ができなくなったロザンナは立ち上がれず、苦しさで動けずにいた。四つん這いになり、とりあえず起き上がろうとするが、手足が痙攣して力が伝わらない。


 動かなくなった獲物にトドメを刺すために鳥がロザンナに突撃する。巨大な嘴は、風切り音と共に彼女へと迫る。


 鳥がロザンナに向かって突撃し始めたタイミングで、エラフィールが鳥に向かって駆け出した。地面の土が跳ね上がり、木の葉が浮き上がる。駆け出したエラフィールは鳥よりも速く、彼女が通った道には彼女の残像が残る。次の瞬間には、鳥の大きな右翼が胴体と切り離され、真っ赤な血飛沫を散らす。


 宿地による目標に向かって一直線に飛び込むような最大の加速、まるで刀身が生えるような抜刀、それら全ての動作が一瞬にして行われた。そして鳥が気づいたとき、それは既に斬撃による痛みと身が切り離される無力感に変わっていた。


 鳥は急な方向転換で飛び上がり、その場から離れる。飛ぶことはできず、少し飛翔しようとすれば、重力に抗えず地面に叩きつけられる。


「ロザンナ、助けに来たよ」


 ロザンナの元まで辿り着いたエラフィールは彼女を抱きかかえ、身体を少しだけ起こす。

 エラフィールに支えられたロザンナは、詰まった喉をこじ開けるような咳で、肺に空気を取り戻す。


「ありがとう、エラフィール。私の工夫、結構良かったんじゃない?」


「ええ、とっても良かったよ。でも、敵はまだ生きてるから、あともうひと踏ん張り」


 ロザンナは膝に手をつき、呼吸を整えながら立ち上がる。顔を上げ、前を見ると、戦っている鳥が胴体から大量に血を流し、右翼が無くなったせいでバランスが取れずにふらついている。だがそれでも、瞳に宿る戦いの炎は消えておらず、睨む力は変わらない。

 ロザンナは手に持った剣を指先に伝わる冷たさとともに、手首へと走らせ、静かに構えを整える。

 彼女は呟く。


「やらなきゃ、やられる」


 こんなにも冷たい緊張感は味わったことがなく、自分を滾らせる情熱は鎮まらない。

 エラフィールが彼女の一歩前に立ち、コートの中から短剣を取り出す。


「ロザンナ、次で仕留める。あなた望縁魔法は使えるみたいだけど、奥位魔法は使える?」


 ロザンナは手の中のグリップを何度も握り直す。視線をエラフィールの背中から外し、自分の左手で作り上げた氷剣に目をやる。


「やり方は知ってる。でも、成功できたためしがない。成功どころか、最後までやり切ったことすらないの」


「そういうことならロザンナ、今この瞬間で最後までやり遂げてみて」


「でもエラフィール、やり方は知っていても、本当にできるか分からない」 


「だから今日、結果を確かめるんだ。成功したという結果はいらない、必要なのは最後までやり遂げたという結果。失敗したという結果が必要なんだ。積み重なった失敗の経験が最後に成功の質を高める」


 エラフィールが鳥に向かって走り出す。

 

「ロザンナ、私があいつを足止めする。その間に発動してみてよ」


 鳥は最後の力を振り絞るように咆哮を上げる。翼を大きく広げ、エラフィールを迎え撃とうと構えを取る。大地を抉り取るように踏み締め、逃げようとしない。


 次の瞬間、エラフィールが閃光と共に放った逆袈裟斬りを、鳥が踏みつけるように受け止める。刃と爪が爆ぜ、エラフィールは潰されないようにぎりぎりと押し返す。彼女はすかさず身体を旋回し、鳥の側面を切りつけながらまわり込む。


 ロザンナは奥位魔法を発動するために、氷の剣に魔力を宿す。ただ宿すのではなく、第九奥位魔法のために形を構築しながら、魔法陣を精製し続けなければならない。例えるならば、ガラス瓶の中にミニチュアの街を作るような、繊細で細かい作業のようなもの。


 当然、一度も成功したことがないロザンナがここでできる訳もなく、何度も糸のように解けていく。何度もやり直し繰り返すほどに、焦るほどに、完成から遠ざかっていく。


「フランカはいつも簡単に出来てたけど、やっぱり私には難しい」


 望縁魔法は自身の魔法で世界を構築しなければならない難しさがあるが、奥位魔法は言語化できない難しさがある。それ故に魔法の使用を感覚だけで遂行させなければならない、不安定さがある。


 ロザンナの記憶に残る第九奥位魔法はフランカが発動した「槍炎」だった。

 魂の底から燃え滾るような一撃必殺、全てを焼き払ったその技をロザンナは自分も使ってみたいと渇望するようになった。しかし、奥位魔法は望縁魔法よりも高度な魔術であるために、ロザンナが扱うには難し過ぎた。


 度重なる自己研鑽に加えて、フランカに何度か教わったが、フランカ自身は「いつの間にか出来るようになってたから、詳しいことは分かりません」と言うばかりで、いつまで経っても習得はできなかった。


「ああもう、どうして、上手くいかないことばかり」


 何も考えず、思考を放棄し、未完成の魔法陣が積み重なった氷の剣を鳥に向ける。ヤケクソになり、もういっそのこと普通に戦った方が早いんじゃないか、と思うようになる。

 溢れそうなほど潤った目で虚空を見つめるように、正面にいる鳥に剣先を合わせる。


 その瞬間、ロザンナの顔スレスレを一本の氷剣が通り過ぎる。音速を超えそうなほど速く、目にも止まらぬ速さの剣は、空気すらも切り裂いてしまうほどだった。

 思わずロザンナが感嘆の声を漏らす。


「え?」


 初めて見る魔法、自分が発動したものに違いないが、なぜ発動できたのか分からなかった。見劣りしない輝き、水色の閃光を帯びたそれは、フランカの「槍炎」と姿が重なり合った。


 この瞬間、ロザンナは確信した。

 この瞬間、ロザンナは納得した。フランカの言っていた「よく分からないけどできた」という言葉の意味。未だ戦闘中であっても、その達成感と優越感に浸ってしまう。


「もう、できていたんだ」


 しかし、鳥は軽々と身をかわし、氷剣は肉体を掠めるように通り過ぎてしまう。

 ロザンナの初の奥位魔法は、惜しくも鳥に直接の攻撃を与えるに至らなかった。


 敵の意識が一瞬ロザンナに向いた刹那、エラフィールが追撃を加えようと地を蹴った。

 鳥は左の翼を大きく広げ、地面と垂直に、エラフィールに向かってはためかせた。一見意味のないダメージすら与えられない攻撃だが、発生した風と小さな竜巻によってエラフィールは後方に吹き飛ばされた。


 この時、すでに鳥の中では決心がついていた。先に殺しておくべきはエラフィールではなく、ロザンナであった。彼女の発動した奥位魔法の一部が鳥に予感と脅威を刻みつけた。


 逃げても意味がない。 


 鳥がロザンナに向かって一目散に走る。目でロザンナを掴み、決して離すことはない。

 これまでいくつもの狩りをしてきた鳥が経験したことのないような、死の境地。


「ロザンナ!! 敵が向かってくるぞ!!」


 吹き飛ばされたエラフィールが、鳥に向かって、リリアンと同じ閃光を走らせる。が、しかし鳥は見向きもせず、走る姿勢を変えることもなく、最短距離で閃光を避ける。

 行き場を失った光は、空の中に消失する。


 ロザンナはもう一度、左手の氷剣を鳥と重ねる。空気が固まり始め、彼女の背後には、数多の氷剣、氷の塊が夜空に輝く星々のように並ぶ。


「やり方は理解した。感覚も知った」


 迫る鳥の攻撃、ロザンナは迷うことなく、氷剣を射出する。

 鳥は射出された氷剣の一本を弾道を見切り避けたが、幾千の氷剣と氷塊が鳥を襲う。射出されては精製を繰り返し、終わることのない攻撃の嵐。鳥は叫び、深手を負いながらもロザンナに向かって、歩みを止めなかった。


 凍てつく空気は氷剣の道導、全ての氷は標的である鳥の姿を、互いに反射を繰り返し、映し出す。それはまるで氷で造られた万華鏡世界のよう、剣の猛攻で無抵抗に殺されていくだけの魔法。


 全てを切り裂かれていく、全身だけでなく、戦うための戦意も、魂の根幹までも、無惨にも切り裂かれていく。


 やがて鳥は声すら上げることなく、切り裂かれた足では重力に抗うこともできず、光を失い絶命する。飛び散った肉片とかろうじて原型を留めている鳥の姿は悲惨さを表していた。


 戦いが終わり、ロザンナは空を見上げる。

 息を深く吸い込み、胸の鼓動はまだ速く、体は安堵のつかない重さを解き放ち、静寂が彼女を包み込む。


 左手の氷剣は崩れて細かい粒子となり、空気と同化する。左手に残った冷たさ、地面に突き刺さった氷剣を手に取り、ロザンナは自分が倒した鳥の元まで歩み寄り、鳥の身体を撫でるように触れる。


「私と戦ってくれてありがとう」


 鳥の羽を優しくはためかせるように、風が通り過ぎる。晴天の青空の下を鳥たちが静かに滑空していく。


「お疲れ様、ロザンナ」


 エラフィールがロザンナの顔の横から水の入ったボトルを差し出す。


「ありがとう」


「奥位魔法、よくできたね。成功できたきっかけは何?」


 ロザンナの瞳の奥に浮かぶ光が、疲れを包みこむように柔らかく揺れ、頬はふわりと温かさを取り戻した。まつ毛の隙間から漏れた光が、安堵の影を細く描き、彼女は深く息を吐き出してから、静かな安心を全身で感じ取るかのように、肩の力をゆっくりと抜いた。


「自分ならできると思って完成形をイメージしたことかな、あとは失敗し続けてたときから時間が空いてるからそれのおかげかもしれない」


「そう、そう言うことなら、ロザンナは才能に満ち溢れた努力の天才なのかもね」


「え? そうかな?」


「ええ、きっとそう」


 ロザンナはキョトンとした顔でエラフィールを見つめ、沈黙が一瞬重なる。すぐ後に、二人の口元がゆっくりと同時に上がり、空の温かさに包まれながら二人は笑顔を交わす。


「ねぇ、エラフィール今日の夜ごはんはどうするの?」


「今日の夜はから揚げにしよっか」


「てことは、その鳥を捌くの?」


「そう、ロザンナも少しだけ手伝って」


「うん、分かったよ」


 エラフィールは包丁を二つ作り出し、片方をロザンナに渡す。彼女は鳥の腹部の方に移動し、ロザンナは鳥の頭の方を捌くことにした。いただく命に感謝をしながら、慎重に包丁を突き立てる。


 その瞬間、周囲の空気がひと呼吸分ほど薄くなり、心臓の鼓動が一拍早まる。二人は同じ瞬間に、地面を伝わる重く低い振動を感じ取った。徐々に大きくなり、さらに近くなる振動に二人は身構える。


「エラフィール、さっきの笛って遠くまで聞こえちゃう?」


「ええ、結構遠くまで聞こえたと思う」


 光の粒が葉の隙間からこぼれ落ち、そいつの輪郭をぼんやりと浮かび上がらせる。二人は森から現れたそいつの姿に気がつく。


 皮膚は鱗で覆われ質感は粗く、体表には斑点状の模様や縞模様が多く、色彩は森に溶け込む地味系の迷彩柄。ステーキナイフのように長く薄いセレーションの歯は肉を切り取るのに特化している。低く唸るような声は周辺の生物を恐怖させるのに十分な威圧感がある。


「ねぇ、エラフィール……」


 二人は見上げる。

 おそらく、この島の支配者である存在に、二人は畏怖の念を込め、武器を向ける。


「ギガノトサウルス、間違いない。図鑑で見たことある」


 そのギガノトサウルスの右目は潰れ、胴体には大きな爪で切られた痕が残っていた。過酷な環境での生存競争を生き延びた証だろうか、歴戦の傷が身体に刻まれている。


「エラフィール、どうする?」


 森から現れた頂点捕食者の姿に、ロザンナは寒気を感じ、一歩引きながらエラフィールに尋ねた。

 その時、倒され死んだはずの鳥が、わずかに息を吹き返した。声にならない声を響かせ、起き上がらないはずの身体を必死に立ち上がらせようとする。

 それと同時に、ギガノトサウルスの意識は完全に鳥の方へと集中する。


「逃げるよ」


 意識が自分達から逸れたこの瞬間にエラフィールは逃げる決断を下した。魔力が枯渇しているロザンナが戦うことは難しく、島に来てからというもの、二人の疲労も溜まっている。

 苦渋の決断ではあるが、彼女はこの場は逃げることが最善と判断した。


「ええ、分かったわ、逃げましょう」


 ロザンナは戸惑いながらもエラフィールの選択に同調した。

 二人はギガノトサウルスの様子を見ながら、森の茂みの中に隠れるように逃げ出した。

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