修行
肉と野菜のサンドイッチをロザンナに手渡した。サンドイッチはまるで出来立てのようで、温かく、香ばしさは食欲をかき立てる。
「これは何のサンドイッチなの?」
「キュオスって所のレストランで食べたやつで、豚肉とキャベツと刻んだ玉ねぎをパンで挟んだやつ」
「へぇ、美味しそう、いただきます」
一口かぶりつき、口いっぱいに肉とソースの絡み合う味を感じると、一口また一口と止まることなく食べ進める。
エラフィールが三口目を食べようとした時、彼女の目の前に手が差し出される。
「ん? 早くない? もう食べ終わったの?」
決して小さくないサンドイッチをあっさりと食べ切ってしまった。よく考えてみたら島に来てから食事を取っていない、空腹なのも当然と言えば当然のことなのかもしれない。
「そう、だからもう一個ちょうだい」
エラフィールがさっきと同じサンドイッチを渡そうとしたところで手が止まる。
「でも、これから身体動かすし、あんまり食べ過ぎると気持ち悪くならない?」
平然とした表情でロザンナが答える。
「そういうの慣れてるし、いつもならもう少し食べてるから大丈夫だよ」
「そう、でも流石に食べ過ぎは良くないから二個までね」
エラフィールは差し出された手の上に自分の手をかざし、サンドイッチを渡した。
「それにしても、エラフィールの魔法ってやっぱり便利だよね。手をかざしただけでご飯が出てきちゃうんだから」
「ご飯だけじゃなく、紅茶も出せる」
まるで淹れたてのような出来の紅茶、湯気が立っており、そのまま飲むと舌が火傷してしまいそうになる。
カップを回して、中の紅茶を揺らす。
中で跳ねた紅茶の雫が地面に落ちる。
ロザンナはその雫が落ちる最後の瞬間まで目で追い続けた。
「エラフィールの魔法って結構何でも出来るよね。もしかして『シノノメカスミ』の一族だったりするの?」
「いや『シノノメカスミ』に一族はいない。ていうか、あの団長も言ってたでしょ、私は魔王の末裔だよ」
サンドイッチを咥えたまま、ロザンナは首を傾げた。先輩と団長、二人から同じことを聞いたときは半信半疑だったが、今それが確信に変わろうとしていた。
「でも、魔王の末裔というなら、どうしてエラフィールは旅人なんかしているの?」
「え、なんかって言われても……」
自分の発言が言葉足らずだったことに気付き、慌てて言い直す。
「あ、えと、気に障ってたらごめんなさい。聞きたかったことは、どうして旅をし始めたのかっていうことで、魔王の末裔ってもっと別のことをしているんじゃないかなって、思ってただけで」
エラフィールの唇は一度だけ薄く寄せられ、彼女の目は穏やかに細くなる。ロザンナは自分の意図が伝ったことを感じると、またサンドイッチを咥えた。
「ああ、そういうことね。別に旅を始めた理由なんて無くて、ただそれ以外にやることがなかったからだよ」
ロザンナは「ああ」と納得したような表情をエラフィールに見せる。エラフィールが話す気がないのなら深く詮索はせずに、とりあえずこの場は納得したようなフリをした。
サンドイッチの最後の一口を口に押し込んで、モゴモゴさせながら喋る。
「なんか浅そうで深くて、やっぱり浅い感じね」
エラフィールは身体の前で腕を組み、まるで自分は全てを経験してきたような達観したように話す。
「覚えておきなさい。人生で始めたことの理由なんて大抵は後付け、気がついたら始めてたってことの方が長く続くことが多いんだから。あと食べ終えたのなら、修行を始めましょう」
修行という言葉に、ロザンナは目を輝かせ、拳を力強く握った。微かに震える拳には強い信念が宿った。
エラフィールと一緒にいるだけでは意味がない、自分自身も変わらなくてはならない、とロザンナは感じていた。
「修行ってどんなことをするの?」
「ええ、そうね」
エラフィールはまるでマジックのように、何も無い空間からタバコを取り出した。フィルター部分を湿らせた唇で挟み、ライターの火花が散る。ふぅ、と細く吐き出された煙が空に沈み込む。
「ロザンナは別に弱い訳じゃない。望縁魔法だって扱えてるし、普段の魔法の威力も申し分ない。剣さばきに関しても、粗は目立つけれど、悪くない」
「え? そ、そう……?」
不意に褒められたロザンナは返す言葉が迷走し、口元が小さく弧を描き、照れた。
別に褒めた訳じゃないと言うようにエラフィールはタバコを咥え直し、ため息混じりに煙を吐き出す。
「ただし、あなたのこれまでの戦い、具体的に言えば、アトロキラプトルと岩の男、それから私との手合わせ、これらの戦い全てに共通して足りないことがある」
咥えていたタバコから灰が落ちる。一本の毛糸のような細い煙は上がってはすぐに消えを繰り返す。
「ロザンナはもっと工夫して戦うことを意識した方がいい。相手の隙をついて反撃したり、地形を利用した状況判断、自分の強みを利用した攻撃。ただ単に剣を振ったり、魔法を発動させるだけじゃない工夫が必要よ」
ロザンナはこれまでの戦闘を思い返す。確かに、相手の出方を伺うことなくただ突っ走ってることが多かった。明確な勝ち筋など、戦いにおける最善の思考を放棄したまま戦っていた。
「それで修行って具体的に何をするの?」
「まあ修行って言っても、素振りをしたり、体を鍛えたりとかそういうことはしない。意味がないから」
「意味ないの?」
「そう意味がない。いいかいロザンナ、これからこの島で戦う相手は、あなたよりも何倍も戦闘経験があり、あなたよりも修行や鍛錬を積んできた奴等。つまり、今更あなたが典型的な修行をして強くなったとしても、勝つことはできない」
エラフィールの言葉と同時に、木陰の深い緑がささやかな風で揺れる。黒と緑の境界線を跨ぐように彼女が木陰から出る。
「じゃあエラフィール、修行って何するの?」
「これから行う修行は、どんなに強い相手だろうと工夫して戦えば、勝機は必ず見つかる。それを知ってもらう修行。というわけで、今回はコレを使う」
そう言って、エラフィールが魔法で取り出した物は何の変哲もない、手のひらサイズのただの金属で出来た笛だった。
エラフィールがそれに勢いよく息を吹き込む。ピー、と思わず耳を塞ぎたくなってしまうような甲高い音が森に響き渡る。
「ちょ、ちょっとエラフィール、それ何?」
「驚いた? この笛は少し特殊で、人間に対してストレスを与えるような音で周りにいる動物を誘き出せるの」
その瞬間、森の奥から、低く唸るような音が徐々に近づいてくる。地面が振動するたび、草葉が震え、虫の鳴き声が一瞬で掻き消される。音の源を探すまでもなく、空気が次第に重くなるのがわかる。
そして、ロザンナを覆う影を携えて、そいつが現れた。
「エラフィール、あいつ何?」
自分よりも遥かに大きい鶏のような見た目、しかし、鳥にはあるまじき恐竜のような尻尾が生えている。その翼はまるでドラゴンのようで、鳥のようにモフモフな見た目をしていない。
「ごめんなさい、私もよく知らない。多分この島にしかいない動物」
「もしかして、あれと戦えって言うの?」
「まあ、あれが来ちゃったから仕方ない。でも倒せない相手じゃないよ」
そうしてエラフィールは「頑張って」と言わんばかりに、ロザンナの背中を押した。
木陰の下から、敵の行動に警戒しつつ恐る恐る歩み出る。
ロザンナが上を見上げたとき、そいつと視線が交わった。
「鳥って大きくなると結構怖いね」
目を見張るほどの大きな鶏は、その日初めて見た人間に興味津々に顔を近づける。警戒心は特になく、自分よりも何倍も小さい、その生命体の匂いや特徴を探るように見つめる。
そいつがさらに一歩踏み出し、ロザンナとの距離をもっと近づけようとした瞬間、火薬が爆発した鈍い音と同時に音速を超えた弾丸が空気を裂く。鶏の右目に命中した弾丸は奥に入り込む。頭を振り回し、蹌踉めきながら、耳をつんざく咆哮を撒き散らす。
ロザンナは弾丸が飛んできた方向へ振り向く。
いつのまにか距離をとっていたエラフィールが、どこからか取り出した小銃を敵に向かって発砲していた。銃口から硝煙が上がる。エラフィールはボルトを操作し、弾薬の装填、排出を済ませた。
「ロザンナ、剣を抜け、戦闘開始だ」




