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全てはあなただけのために―3

≪南雲詩由≫


 私は望月さんと坂ノ下さんを連れて、兄の住むアパートへとやってきた。敷地内にある桜の木は太い幹から枝分かれした梢の先、緑の葉を存分に蓄えている。白い外壁の外を辿り階段を上ると兄さんの部屋の前までついた。


「ここが上乃の家かぁ。確か一人暮らしなんだよね?」

「ええそうです。以前は父と二人で住んでいましたが、父は死んでしまいましたので」

「えっ? そうなの…………」


 望月さんと坂ノ下さんは、あからさまに沈鬱な表情を浮かべた。こうなるのはわかってはいたものの、ここで嘘を言ったり真実を隠しても仕方がない。兄さんに近づくというのならこれは避けては通れない事情である。


「もう二年前の話です。兄さんは一人でもやっていけているようなので生活面での心配はあまりしていません。兄は見た目以上に強い人ですので」


 私は扉の横にあるインターホンのボタンを押した。中で甲高い音が鳴り響いている。


「…………出てこないわね」

「調子悪いなら寝てるのかなー? ここまで来たからには少しでも顔を拝んでから帰りたいもんだけど」

「…………」


 私はこの安っぽいインターホンの性能を知っている。そこまで広くもないこのアパートの間取りに対して、少々音がでかすぎるのだ。たとえ自分の部屋で寝ていたとしても、そこまで深い眠りでなければ飛び起きてしまうはず。

 もう一度インターホンを鳴らしてみたが、結果は同じだった。


「…………どうするの?」

「やむを得ません」


 部屋の主が出て来ず少し挙動不審気味になっていた二人に、私は一つの鍵を見せつけた。


「これで開けましょう。この部屋の鍵です」

「うわ。上乃君の家の鍵持ってるんだ。なんだかだいぶ先を越されてるような気がするわね」


 つい最近貰ったものだとは言わず得意げな顔で二人に見せびらかし、鍵を開けた。


「兄さん? 私だけど、入るよ?」


 扉を開けると同時にそう声をかけ、部屋の中に目を向けた。

 玄関の近くにトイレと洗面所、風呂場があり、その奥に居間の三分の一程度が見える。そんな風通しのよさそうな部屋の構造など気にする間もなく、居間の方へと目を向けた。

 もう見慣れている兄さんの住居であるはずだった。


「え――」


 人の足が二本、居間の入り口から見えるまでは。


「んにっ、兄さんっ!」


 私はとっさに鞄を投げ捨て靴のまま室内へと入り込んだ。私の後から悲鳴とも聞き取れる短い声を上げた二人が追従する。居間から伸びた足が一目見て兄さんのものであると確信した私は飛び込むように居間へと入った。

 居間の入り口の傍で、兄さんは制服姿のままうつ伏せで倒れていた。


「兄さんっ、兄さん!」

「ちょっとちょっと、うえのっ! 返事してうえのっ!」

「上乃くんっ!」


 私が兄さんの身体を上半身だけ抱き上げ、思いっきり揺すった。兄さんは目を閉じたままだった。

 咄嗟に動脈に手を添えた。脈はある。顔色も正常で、呼吸も当然していた。どうやら最悪の事態にはなっていないらしい。

 少し冷静になって兄さんの様子を観察してみる。


「上乃くんっ! うえの――」

「しっ! 少し静かにしてください」


 声をかけ続けていた二人を黙らせ、耳を澄ませる。兄さんの呼吸音は一定の特徴的なリズムで繰り返されていた。深く息を吸い、深く息を吐く――兄さんの呼吸はとてもリラックスしている時のそれだった。

 極めつけに、兄さんの表情は穏やかすぎた。


「――っ、はぁ……。兄さんはどうやら眠っているようです」

「なぁんだぁ、もー。びっくりさせないでよー」

「でも安心はできたかもしれないけど、こんなところで眠っているっていうのはおかしいわよね?」

「そうですね……。一先ず兄さんをベッドに運びましょう」


 兄さんの、男の人の身体は意外と重く、私たちは三人で担ぎながら兄さんの部屋のベッドへと運んだ。


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