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全てはあなただけのために―2

≪望月玲≫


 上乃君のことが頭から離れない。

 私は初めて胸に抱く恋心というものを明確に感じていた。これほどまでに特定の異性について思い悩んだことなどなかった。

 だから――初めてだからわからない。私はただ、彼に近づくことしか考えられない。

 近づいてもっと上野君の人間性を知りたいという欲求が働く。そうなっている私はどうしようもなく、上乃君に恋をしているのだろう。

 認めよう。そして、いつまでも悶々としてはいられない。上乃君に恋をしている人間が私の他に二人もいる。


 上乃君と同じクラスの坂之下さんと、実の妹である南雲さん。


 坂ノ下さんはともかく、南雲さんは恐らく本気で実兄に恋をしている。私と坂ノ下さんが二人で手芸部の扉を開けた時、上乃君に顔を近づけていたのは紛れもなくキスをしようとしていた。兄妹という障害があればこそ、南雲さんの気持ちは並大抵のものではないのだろう。

 彼女を野放しにしてはいけない。一体どんな行動に出るのかわからないのだから。


 終礼の後、すぐさま席を立ち教室を足早に出て行った南雲さんを私は追いかけた。廊下にて南雲さんの背中に声をかける。


「南雲さん。今日は生徒会の集まりがあるでしょ? 一緒に行かない?」


 こうして私から誘ったのは初めてだった。と言っても南雲さんから誘われたこともなく私たちはかつて生徒会室への道のりを共にしたことは一度もない。

 訝しげな表情で振り返る南雲さん。私は彼女に気圧されないようにと、なるべく自然体を装う。


「私は今日生徒会には参加しません。兄の様子を見に行かなければなりませんので」

「兄の様子? 上乃君どうかしたの?」

「今日は休むと朝連絡がありました。昼間に連絡を取ろうとしても繋がらなかったので少し様子を見に行こうかと」


 そういえば昨日、上乃君ふらついてたわね。なんだか急に調子が悪くなった感じがしたけれど、もしかしてそれが原因?


「それでは私は急ぎますので」

「ま、待って!」


 クルリと私に背を向け、歩き去ろうとする南雲さんの肩を掴む。今度こそいら立ちのこもった目を向けられた。


「私、これでも本気で急いでいますので、足止めは――」

「お願い! 私も連れて行って!」


 南雲さんに深く頭を下げ、後ろで束ねているポニーテールが顔の下まで垂れた。

 隣を通り過ぎていく誰かから「ヒソヒソ」という話し声が聞こえてくる。南雲さんがどんな表情を浮かべているのか、私にはわからない。

 ここは南雲さんに頭を下げてでもついていかなくてはならない。大げさかもしれないけれど、直感的な何かが私にそう告げていた。


「望月さん。あなたは兄さんを、上乃弦二の告白を断ったのですよね? ならばどうしてそんなにも兄さんを気にかけるのです? 兄さんがあなたに気があるのをいいことにたぶらかそうとでも言うのですか?」

「それは違う! 上乃君をひどい目に合わせようなんてそんなこと思ってない!」


 私は頭を上げ、澄まされた眼差しで私を見る南雲さんに必死で訴えた。


「……私にもわからないのよ。上乃君に告白された時にはなかったこの気持ちをどうすればいいのか。だって、初めてこんな気持ちを胸に抱いたんだもの」


 本心を言葉に乗せる。南雲さんだからこそ、私は私の気持ちを知ってほしかった。


「どうすればいいのかわからないから、上乃君に自分から近づいていくしかないって、それだけしか思い浮かばないの。どれだけ私が汚い人間なのかっていうのは私が一番よくわかってる。だけどっ――」


 胸に手を当ててみる。初めての鼓動が掌に伝わってきた。


「この気持ちを、今度は私が伝えたい! 私がしたいのはそれだけよっ!」


 私は南雲さん相手に何を言っているのだろう? 上乃君が大好きな南雲さんにそんなことを言ってしまえば拒絶されるのは目に見えているのに。

 けれど、南雲さんに嘘をつきたくなかった。これが私の本心だから。

 私はギュッと目と口を閉じながら南雲さんの言葉を待った。


「…………伝えたければ伝えればいいじゃないですか」

「えっ?」


 驚きに目を開けると、めんどくさそうに人を見る綺麗な顔があった。


「来なさい。今度はあなたが兄さんに振られればいい。兄さんはこれからもずっと私と一緒にいるのですから」

「あ、ありがとう」


 言葉に寛容さはこれっぽっちも感じられなかったが、私は自分の気持ちの行き場がなくならなかったことに安堵した。

 スタスタと歩いていく南雲さんの後を追い、私たち二人は昇降口に来た。そこで靴箱に寄りかかっている一人の女生徒がいた。


「あなたもですか。坂ノ下さん」

「やっはは。今日来てなくてあたしも心配なんだ。上乃のことがさ」


 照れるような仕草でこちらに寄って来る坂ノ下さんに、南雲さんは腕を組んで目を閉じた。


「あなたは先ず、望月さんに謝りなさい。そして兄さんにも」

「え? なんで私に?」

「理由は……坂ノ下さん、あなたが一番よくわかっていますよね?」


 ヘラヘラした笑顔は南雲さんの一声で諦めたような笑顔へと変わり、


「はは……さすが会長候補。学内の問題は全てお見通しってことだね」


 そしてまた一転、申し訳なさそうな表情へと変わる。


「ごめん望月。上乃の悪評を流したのはあたしなんだ。あんたが上乃に悪い印象をもつようにね」


 そういえば告白の前くらいから私は上乃君の名前を耳にするようになったんだった。告白の時に姿を見るまでは本当に悪人なんじゃないかって想像してしまっていたけれど、彼女の仕業だったのね。


「あたし、ずっと前から上乃のことが好きだった。二年に進学してから、人見知りして誰とも話さないあたしにあいつはしつこく話しかけてくれて、いつの間にかあたしは自然体で上乃と話せるようになってたんだ。ずっと上乃のことを気にしてたんだけど、あいつが望月――あんたに告白するって聞いて……あたしはどうやって告白を失敗させるか考えちゃった」


 坂ノ下さんの告白を聞き、怒りの感情は沸いてこなかった。こうして穏やかな気持ちで聞いていられる理由もなんとなくわかる。

 胸の奥に一つの想いが根差しているから。


「ごめん、望月。そして南雲にも、ごめん」


 坂ノ下さんは私だけではなく南雲さんにも顔を向け、目を伏せた。


「私にも、ですか?」

「うん。底辺のあたしがあんたらに勝つためには汚いやり方しか考えつかなかった。間接的にではあるかもだけど、南雲にも迷惑かけたとは思ってるから」


 まるでさっきの私みたいに、坂ノ下さんは南雲さんに謝った。恋愛という名の病に惑わせられているのは私だけではなかったのだと、同じ人を好きになっている彼女に親近感が湧いた。


「あと、上乃にも謝らせてほしい! だから私も連れて行ってよ! このとーり!」


 パンッ、と手を合わせ、坂ノ下さんは頭を下げた。その姿に私はつい顔を緩めてしまう。


「仕方ありませんね……。せっかく兄さんが弱っているところに仕掛けようと考えていましたのに」

「ありがとう、南雲!」


 南雲さんの手を取り、手をブンブン上下に振る坂ノ下さん。私もつい喜んでしまったのは、やはり同じ想いを抱いているからなのだろう。


「全く……でも、あなたたちが煩わしいばかりであるとは私も思っておりませんよ」


 これまで私たちを牽制するかのように潜めていた、南雲さんの言葉の棘が抜け落ちた。


「兄さんの魅力に気づいたお二方は一目を置くに値します。あの人は自分の魅力を前に押し出そうとする威勢など皆無な人ですから」


 デレて……はいない。毅然とした態度を保ったまま南雲さんは、しかし私たちにそう言葉をかけてくれた。

 昨日までは敵対するしか頭になかったのに、南雲さんと坂ノ下さんが同じ想いを胸に抱き、同じゴールを目指す同志のように思えた。例えゴールに辿り着けるのは一人だけだとしても、私たちはその先も手を繋いで歩いていける――そんな未来がはっきりと見えた。


「では急ぎましょう。私たちの、愛する人のもとへ――」

「ええ!」「うん!」


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