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せめぎ合う恋心―5

≪坂ノ下夏≫


 何百回とこれまで繰り返し聞いてきたチャイムの音で、本日の授業は終わりを迎えた。


「あ、あのさ。上乃」

「ん? どうしたんだ坂之下?」


 寝ぼけ眼を少しだけ見開いたような暢気な目に見つめられる。帰り支度をし、今にも教室を出て行ってしまいそうな上乃をあたしは引き留めた。


「え~っとぉ。…………やっぱなんでもない」


 ――が、あたしの勇気は言葉として上乃に飛んでは行かなかった。なんだか気まずくなってしまったあたしはほとんど反射的に笑っていた。

 授業が終わり、友達同士で歓談を楽しむ者や外の雨を見て気落ちする者、授業が終わっても予習復習に勤しむ者など、一瞬で教室内が無人になることはまずあり得なかった。しかしそれ以前に上乃に一歩近づく勇気が足りず、声をかけた瞬間に怖気づき、頭が真っ白になってしまっていた。


「そうか? 何か聞きたいことでもあったんじゃないのか?」

「や、ないない。なんにもない」

「ふーん。なんか企んでそうな匂いもするけど……まあいいや。それじゃ、また明日な」

「うん、また明日」


 あたしと軽い挨拶を交わした上乃は、訝しみながらも宗谷と一緒に行ってしまう。あたしをチラリと見た宗谷は「ふん」と鼻を鳴らし、上乃の肩を組んで教室から出て行った。

 上乃と宗谷が視界から消えた瞬間、あたしは肺に溜まっていた息をどっと吐きだした。


「はあああぁ~。無理でしょ……そんな積極的な奴じゃないんだってあたしは」


 今日はいつもと違う。いつもなら上乃に何の用事もなくたって話しかけられるのに、明確な目的意識をもって話しかけようとすると、かえって身構えてしまう。

 上乃から突き放されるのが怖い。言葉を出すために吸い込む息が苦しい。あんなに何にも考えずに喋りかけられていたのに、どうしてすんなり言葉が出てこないの?

 明日にしようか? ――そんな自分への言い訳が頭の中に何度も去来するが、あたしはなんとか苦難を先送りにしようとする誘惑を断ち切った。そんなことをいつまでも言っていたらあたしは上乃に近づけないし、この緊張感を抱えたまま上乃に話しかけられる自信がない。


 突っ込んでってやる。上乃がいる手芸部に!


 あたしは虚勢を張って堂々と歩き、手芸部へと向かった。階段や廊下を我が物顔で闊歩し、すれ違う生徒を何人も睨みつけてやった。だけど動きの固さはなかなか取れないでいた。

 渡り廊下から見渡せる雨に濡れた中庭の風景など一切目に入れず、手芸部のある実習棟へと向かう。校舎に入ってすぐにある階段の前に、スタイルが良く髪形をポニーテールにまとめた女の子の後ろ姿が見えた。その子は口元に手を当てて何か悩んでいるようだった。


「なにしてんの? 望月」


 立ち止まっていて怪しく見える女の子――望月に声をかけると「わわぁっ!」と、まるで幽霊に化かされたかのような仰天顔で振り向かれた。


「なんでそんなにビビんのさ? こっちまでビックリするって」

「さ、坂之下さん……はぁ。驚かせないでよー」


 ホッと胸を撫で下ろす望月。やはりただ立ち止まっていたわけではなさそうだ。


「別に驚かせたつもりもないけど。そんな場所に突っ立ってたら邪魔になるよ」


 そう言ってあたしは望月を置いて階段を上り始めた。手芸部室は実習等の三階にある。思わぬ足止めを食ったが、今のあたしは立ち止まっていられず、望月に構っている余裕もなかった。


「ちょ、ちょっと坂之下さん。あなたどこへ行くの?」


 階段の途中で後ろから引き留められる。振り返ると不安気な顔をする望月に見上げられていた。


「別にどこだっていいじゃん。あんたに教える義理も優しさもあたしにはないね」


 上乃に告白され、バスケの時もコテンパンにされた望月と仲良くする理由があたしにはない。早く手芸部に辿り着きたい気持ちが身体を急かせる。

 また階段を上り始めようとする。すると後ろから風が吹いたように望月があたしの隣へと並んできた。どうやら一瞬で階段を上り詰めたらしい。


「あたしもこの先に用があるのよ。途中までいい?」

「なに? 道の真ん中に立ち止まってドライフラワーの真似でもしてたんじゃないの?」

「そんな真似しないからっ! ……ふふっ。坂之下さんって面白い人ね」


 完全にあたしは皮肉でからかったつもりだったけれど、どういう感性を持っているのか、望月は楽しい話でもしているようにあたしの隣で笑い、共に階段を上る。


「そういえば坂之下さんって、Cクラスよね?」

「それがどうかしたの?」

「上乃君って知ってる? 上乃弦二君」


 足と息と心臓が同時に止まりそうになった。今最もあたしの頭の中を満たしている名前を言われて。

 上乃? なんであんたが上乃を? あんたの中で上乃はもうただの他人じゃないの?

 不意に訪れた不安に、それでもあたしは階段を一段ずつしっかりと登った。二階を通り過ぎても望月はまだあたしの隣を歩いている。


「あ、ああ。あたしあいつの隣の席だよ。なんかいっつもぼーっとしてる奴」

「そうなんだ。ねぇ、彼ってどんな人?」


 なんで上乃にそんなに食いついてくんの? なんで? あんたは上乃を振ったんでしょ? じゃあもうどうでもいいじゃん。なんでどうでもいい奴のこと聞いてくんの? なんでよりにもよってあたしに聞いてくんの?

 ねぇ、なんで?


「上乃は変な奴だよ。授業中なんて先生の話聞いてるのか聞いてないのかわかんないくらいぼーっとしてるし、別に授業なんて聞いてなくても頭がいいのかっていうとそうでもないみたいだし、運動神経も並大抵の平凡な奴。だけどさ、あいつと話してみると意外と面白くって、別に話題なんてないのに気づいたら割とどうでもいい話で盛り上がってたりするんだよ。それがあたしからしてみれば楽しくってさ。なんか自分でもよくわかってないけど、あいつを一言で表すとすれば『変な位置にいる奴』って言葉があたしにはしっくりくるかな」


 そしてあたしはなんで望月に上乃のことを話しているの? 


「変な位置? どういうこと?」

「わかんない。でももしかしたら、そこでしか見えない何かを見ようとしてんのかなーなんて考えちゃうんだよね」


 上乃のことを話しだすと、あたしの口は急に饒舌になった。別に話す気なんて全くなかったのに、あたしから見た上乃の特徴を出し惜しみなく話し続けていた。

 あたしの方が上乃を知っている。負けたくない――上乃のことばかりを話すあたしの不可解な心を解きほぐすかのように、そんな気持ちが浮かんでくる。


「まあ望月みたいにできる奴にとっては一番どうでもいい人間なんじゃない? あいつと関わり合いを持つ意味なんてあんたにはないよ」


 三階への階段を上り切り足を止めると、望月もあたしに身体を向けて足を止めた。手芸部はもう目と鼻の先にある。


「あんたはもう、上乃を振ったんでしょ? もう関わんないでよ」

「それは……。本人に確かめてみればいいんじゃない?」


 一瞬目つきを鋭く尖らせた望月。あたしが告白のことを知っていて腑に落ちなかったのだろう。しかし落ち着きを取り戻した彼女は笑顔を見せ、手芸部の方へと歩いていく。

 上乃の話になった瞬間から望月の目的地はここかもしれないと予想はしていた。あたしは上乃を祭りに誘う目的で来たつもりだったけれど、上乃の望月に対する恋の熱はまだ冷めきっていない。上乃と望月を二人にさせるのは駄目だ。


「望むところ」


 幸いにも望月は一人で突っ走るような野蛮な性格はしていないみたいだ。手芸部のある教室の扉の前に二人で並び、望月が扉に手をかける。

 この扉の先に、あたしの幸せは存在するのか? 過ぎる不安を押しのけて、現れた手芸部の部室に目を向けた。


 南雲詩由が、上乃弦二に顔を近づけていた。


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