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せめぎ合う恋心―4

≪坂ノ下夏≫


「悪いわね。ちょっと相談があるんだけどさ」


 午前中の休み時間に屋上手前の階段へと宗谷を呼び出した。宗谷と内密の話をする時、大体はこの場所に呼び出しておけば誰にも見つからずに済む。


「最近になっちゃ別に珍しくもないが、また弦二絡みの話か?」

「そうだけど。なに? 文句あんの?」


 ニヤニヤとあたしを見て笑う宗谷に苛立ってしまう。


「ふっ。いいやぁ。むしろ俺的には大好物な話だぜ? だけどよ、別におまえだったら弦二に直接言ったり聞いたりすりゃあいいじゃねぇか。いちいち会話で恥ずかしがるような仲でもないだろ?」

「面と向かってじゃ聞きづらいことだってあるじゃない」

「おうおーう。愛されてんなぁ俺の親友は」


 くぅっ。こいつ……完全に面白がってる。あたしは真剣に悩んでるっつーのに。まあ、今は抑えて抑えて……。


「……今週末祭りがあるじゃない? あんたは誰と行くのよ?」

「あーそういやそうだな。俺は千恵と約束してるよ」


 宗谷はどうやら彼女と行くらしい。それもそうよね。あたしだって同じような考えを持ってるわけだし。


「もしかして俺と行きたかったのか?」

「んなわけないじゃない。もしかしたら上乃と行くんじゃないかと思ったから」

「あ。なるほどな。俺と入れ替わっておまえが弦二と一緒に祭り行こうと考えたわけか」


 その通りだった。宗谷が弦二を祭りに誘い、待ち合わせの時に何か理由をつけて行けなくなってしまえば上乃は一人。そこへタイミングよくあたしが登場すれば、流れで上乃と一緒に祭りに行ける――というなんともベタな考えだった。


「確かにそれなら俺があいつを誘えばいいだけだから、おまえは待ち合わせ場所にホクホク顔で現れればいいわけだな」

「何よホクホク顔って……そう思ってたんだけど、上乃と行かないんじゃあねぇ」


 あてが外れた。結局あたしが直接上乃を誘うしかないのか。


「別にいいじゃねぇかそれで」

「え?」

「弦二を誘ってやるよ。いや、俺は千恵と行くぜ? どうせ夏のその作戦だったら俺は一人になるんだろ? 俺があいつを誘って俺は彼女と祭りに行く。んで俺はあいつとの約束をすっぽかして代わりにおまえが行けばいいじゃねぇか」

「それも……そうね」


 別に宗谷は誰と祭りに行ったっていいんだ。結局上乃と宗谷が一緒に祭りに行く約束をしていたとしてもあたしがそれを横取りするわけだから、要点としては宗谷が上乃を祭りに誘ってくれればそれで問題はないのだ。

 なんだ。簡単なことだった。やっぱり上乃の親友が味方についてるのは――こんなチャラけた奴でも――心強い。

 意外とすんなり事が運びそうで、不安を抱えていた心が軽くなっていくようだった。


「じゃあ宗谷は上乃を誘っておいてよ。私には待ち合わせの場所と時間だけ教えてくれればそれでいいから。後は適当に理由つくってあんたは彼女と――」

「って思ったんだが、やっぱやーめた」


 子供じみた口調で宗谷はそう言った。


「は、はぁっ?」


 こ、こいつ何言ってんのよっ! 意味わかんないんだけどっ!

 宗谷の考えが全くわからない。急につまらなさそうに憮然となった宗谷を睨みつける。


「夏。おまえさぁ、甘えすぎてんじゃねぇのか?」

「なによ? あたしがあんたを頼り過ぎてるって言うわけ? そんな大した頼み事してるわけでもないじゃんか!」


 いかにも物語の序盤でフェードアウトするチョイ役のような発言だと後になって後悔した。けれどこの時のあたしは目の前にある希望に縋りつこうと必死になって、荒々しく宗谷の胸倉を掴んでしまっていた。


「いいじゃん! どうせあたし一人の力じゃ誰も、何も変えられやしない! だったら他人の力を頼ったっていいじゃん! あんたはあたしの幼馴染なんでしょ?」


 あたしの全力の訴えは宗谷に届いておらず、表情一つ変えられない。


「知ってるか? 幼馴染みってのは相手の願いを叶えるためにいるんじゃねぇんだ。そしてそれは幼馴染みじゃなくても、おまえ以外の誰にだって言える」


 宗谷はあたしの手を払った。


「自分の願いは自分で叶えるしかねぇんだよ。おまえはいつから他人に願いを託すようになったんだ? いつから目標を目指して努力することをやめたんだ? いつからそんな自分の殻に籠るようになったんだ?」


 いつもの生意気な口を利く宗谷はいなかった。恐ろしく真面目な顔をして真剣に問い詰めてくる。これは冗談でも上っ面な言葉でもない。


「いいこと教えてやる。今のおまえは、弦二の好みと真逆になってるぜ? あいつがなんつって望月に告白したか知ってるか?」


 それは聞いていない。どうせ望月のかわいいアイドルとしての魅力に誘惑されたんだと思っていた。


「努力してる望月は美しい――って、あいつはそう言ったみたいだぜ?」

「それは……」


 この前相対したバスケの授業で望月は輝いていた。頂点に君臨する南雲と対をなすようにありったけの存在感を示していた。たかが体育の授業なのに望月は何かに負けじと一所懸命に走り回っていた。自分の対戦相手が私たち敵チームじゃなく、もっと他の自分より格上の相手であるような、そんな熱意に満ち溢れた目をしていた。


「うん……。望月はすごかったよ。あたしには手も足も出せないくらい」


 結局あの試合であたしは何もできなかった。最後の最後に南雲と望月の鼻っ柱をへし折ってやろうと足掻いてみたけれど、あたしのシュートはリングにも届かず、それは本気を出したあたしとあの二人の差を如実に表していた。

 あたしは、手が届かない相手に勝負を挑んでいたんだ。


「やっぱり無理だった。あたしが望月と張り合おうだなんて。あたしはもう上乃にとって、ただの隣りの席のクラスメイトでしかないんだよね……」

「だから……いつからそんな、すぐ諦めるような女になったんだ? おまえはよ」


 あたしはもうどうすればいいかわからなくなって、つい笑ってしまった。そんなあたしを見た宗谷はもどかしそうにあたしに詰め寄り、眼前に指を突き立てた。


「くぅぅうっ! いいか? 放課後あいつは大体手芸部にいるはずだ。なんなら俺が確認を取ってきてやってもいい。だから自分で誘って来い。まだおまえが諦めてないんならな」

「は? いや、あたしはもう……」

「悪いな言い方を間違えたぜ。諦めててもとりあえず自分で一度誘ってこい! そんで成功したら祭りでもデートでもラブホでもどこへでも行きやがれ! 失敗したらおめぇの泣き崩れる面拝んでやるからよぉ」

「んなっ! あんたってホント最低よね! あんたに相談したのが間違いだった!」

「おうおうそうかよ。んなら無駄なこと考えずに言やいいんだ。どうせどっちに転んだところで楽になるんだからよ」


 散々腹の立つ文句を言いのけた宗谷は逃げるように階段を下りて行った。ムカつきはしたけれど、あたしは宗谷の言葉に込められた幼馴染みとしての善意を確かに受け取っていた。


「あいつ……言ってやるわよ。言って……あたしが上乃を連れて行く」


 バスケの授業で最後に一矢報いようと本気になった時、あの時と似たような感情が沸々と心の奥底から湧き上がっていた。例え見上げるしかできない夢のような世界にでも、思い切って手を伸ばせば触れられるのだと信じるしかない。

 なによりも、他の誰でもない自分自身を――。


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