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せめぎ合う恋心―3

≪坂ノ下夏≫


 言われてみればあたしって、上乃のことなにも知らないかも。

 隣りの席で毎日のように無駄話や世間話に花を咲かせているものの、私は未だに上乃の人柄くらいしか知らない。どんな少年時代を生きていた? 宗谷以外の人間関係はどうなっている? 家族構成は?

 恥という感情を忘れて面と向かって話していれば、そんなこと今までにいくらでも聞き出せただろう。


 もっと知りたいよ、あたしは。あんたのことが……。

 上乃に自分のことを聞かれたら、あたしはなんでも話してしまうんだろう。宗谷とは幼馴染みであったり、両親と仲違いしておばあちゃんの家に転がり込んだり、テディベアが好きでおばあちゃんがプレゼントしてくれた大きな熊を今でも抱いて寝ていたり――でも自分からはなかなか話せない。急にあたしが自分のことをベラベラ喋っても逆に困るだろうし。


『隣りの席のクラスメイト』からもっと近づかなきゃいけない。その為にも……。

 部屋のベッドに寝転がりながら壁掛けカレンダーに目を向けた。七月のカレンダーには夏祭りのプリントがされてあって、帳の下りた夜には煌々と祭りの光が灯っており、その中を浴衣を着た男女が幸せそうな笑顔で歩いている。


「祭り……誘ったら、来てくれるかな」


 一緒に行く相手。頭の中には上乃以外思い浮かんでこなかった。


「なっちゃーん。ちょっといいかしらー?」


 部屋の扉の向こうからおばあちゃんの声がした。晩御飯でもできたかな?


「いいよー」


 私がそう声をかけてから、おばあちゃんはニコニコとした顔で部屋に入ってきた。


「今日なっちゃんのお友達がきたじゃない? 男の子」

「え? あーうん。きたけど、それがどうかしたの?」

「あの子ね、どこかで見たような気がするなあって思ったんだけど、この写真の人に似てるのよ」


 そう言っておばあちゃんは一枚の写真を見せてきた。それは十年以上前の幼い頃の私も写っていて随分と年季を感じさせた。

 幼い私と皺の少ないおばあちゃんと一緒に写っていたのは二人の男女であった。朗らかに笑う男の人は既に大人であり、車いすに乗っている女の人は膝の上にぬいぐるみを乗せて大事そうに抱えていた。

 男の人は確かに上乃とよく似ている気がする。


「私も憶えてるよ。昔よくこの店に来てくれた人たちだよね?」

「そうそう。このぬいぐるみは私が作ってお嬢さんにあげたのよ。懐かしいわねぇ……。このお兄さんも優しい方で、急な坂道もお嬢さんの乗った車いすを押してよく来てくれたものだわ」


 特におねえさんは私と一緒に遊んでくれてとてもお世話になった人だ。身体が弱いらしく外で一緒に遊んだことはなかったけれど、おばあちゃんの作った人形を使いオリジナルの寸劇を披露してくれて、それを見るのがいつも楽しみだった。

 けれど今でもわからない。二人はどういった関係だったのだろう。おねえさんはまだ未成年だったみたいだし、男の人の彼女にしても年が離れすぎているような気がする。


 もしかしたら親戚の子だったのかな?

 私とおばあちゃんの心は、写真に切り取られた時間の中に遡っていた。無邪気な笑顔を誰にでも振りまいていたあの頃の私には、もう戻りたくても戻れない。


「……でも、今日来た友達とは全然関係ないんじゃない? 間違いなく違う人だし」

「そうねぇ。でも、もしかしたら何か繋がりのある人なのかもしれないって思ってね、世間は私たちが思っているよりも広くって、狭いものなんだから」


 しみじみと言ってからすぐ、おばあちゃんは何かを思い出したように私に背を向けた。


「いけないっ、お鍋を煮込んでる途中だったわ。つい昔を思い出しちゃって写真を引っ張りだしてきたのよ。もうすぐご飯できるから早めに来てね?」


 おばあちゃんは私の部屋を出ていった。去り際に扉の隙間から涎を啜ってしまいそうなほどいい匂いがしてきて、急にお腹が空いてくる。

 祭りのことは……ちょっと宗谷にでも相談してみよう。

 私の頭の中にはとある一つの作戦が練り上げられていた。


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