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せめぎ合う恋心―2

≪望月玲≫


「上乃弦二……って誰だっけ?」


 上乃君の情報を集めるため、親友の美弥に話を聞いてみた。


「Cクラスにいるみたいなんだけどさ、美弥は話したことない?」

「うーん……」


 教室の隣の席で美弥は天井を見上げて悩み始める。交友関係の広い美弥ならば一度くらい話したことがあるかもしれないと思っていたのだけれど……。


「うーん、うーん、うぅ~ん……」

「みーや。知らないならそれでも構わないから。そんなに考え込まないでよ」

「うん。ごめんアキラ。全然わかんないや。でもさ、その人がどうかしたの?」


 上乃君に告白されたことを私は誰にも言っていない。これまでに何度も告白されている私は、誰に告白されても周りに吹聴しないようにしていた。例えどんな相手でも私を想ってくれた気持ちは尊重したいし、周りにひけらかすような真似はしたくない。


「うんちょっとね。気になってるっていうか……」

「えっ? アキラが気になってるって……ちょっとちょっと」


 美弥は顔を私の方に寄せ、口元を手で覆い隠す。


「それって結構な大事件だよ? 暴動が起きるよ? 山狩りが起きるよ! 戦争が起きるよ! 自分がどれだけモテモテなのかアキラはわかってないのかな!」

「そんな大したこと起きないって! 別に好きになったとかそんなんじゃないから」

「じゃあなんで気になってるのさ」

「まあ、ちょっとね…………」

「ああぁ、楽しい人生だったなぁ~。私はアキラを取り巻く学内抗争に巻き込まれて、流れ弾に頭を打ち抜かれて死んでしまうんだ……。アキラ、私のこと忘れないでね?」


 美弥に聞いてみたのは間違いだっただろうか? 親友として頼りにはしているけれど、どうにも被害妄想が先行するきらいがある。美弥の中では私が誰かと付き合うと学校が崩壊してしまう運命にあるらしい。しかし上乃君が私にとってなんなのかと問われるとどうにも説明しにくく、結局ぼかした言い方をするしかなかった。

 学校崩壊の秒読みを始めてしまった美弥にはもう、詳しく説明しようとする私の声は届いていなかった。



「上乃? ああ、いたなぁそんな奴」


 人脈のある美弥の知り合いで、一年の頃上乃君とクラスが一緒だったという三崎くんに話を聞いた。しかし第一声はとても仲のいい友達が言うセリフではなかった。


「悪い奴じゃなかったんだよな。ノリはそこそこよくって、話しかければ二、三言くらい話せるような奴だよ」

「そうなの? 彼について悪い噂が立っていたとか、そんなことない?」

「聞いたことないな。見た目からして問題起こしそうにないし」


 確かにそう。見た目的にも上乃君は本当に普通。大人しそうな顔、飾らない髪形、若干着崩した制服、高くも小さくも細くも太くもない体形。まさにあらゆる男子高校生の特徴を擦り合わせたような、平均的と言った容姿。告白された時も顔を見て真っ先に浮かんできたのは『普通』という印象だった。

 三崎君は後頭部に回した手にスポーツ刈りの頭を乗せ、美弥がやってたのと同じように唸り始めた。


「うーん。まあ俺も別に友達ってほど仲良くなかったし、そんくらいしか知らないわ」

「そう。ありがとう三崎君。もういいわ」

「いいっていいって。望月の頼みならなんだって聞いてやるよー。だから今度遊びにでも行か――」


 上乃君は『普通』。三崎君から得られた情報はそれだけ。もっと上乃君を知っている人たちから話を聞いてみないと『普通』以外の情報は出てこないのかも。



「上乃? あいつって地味な奴だよなぁ。ってか望月ってさ、なんか――」

「上乃君? あまり話したことないよ。それより望月さんってきれい――」

「上乃? 誰それ? っていうかさー望月ってさー――」


 教室内がやかましさに塗れる昼休み。お母さんが毎日作ってくれるおいしいお弁当のことも忘れて、私は校内を歩き回っていた。

 誰これ構わず手当たり次第に聞き込みを行ってはみたけれど、そもそも上乃君の内情はおろか、興味すら持っていない人間が多すぎる。それに、誰もが上乃君の話題から私への話題へとシフトさせてしまう。正直今は私のことなんてどうでもいい。

 上乃君の人柄から考えて、まず聞き込みという手段が間違っていただろうか? 多分上乃君のことを一番よく知っているのは南雲さんだろうけど、それは今一番相手にしてはいけない人物だ。手当たり次第に聞いて回れば誰かしら上乃君に詳しい人がいるかとも思ったのだけれど。


「そういえば……」


 上乃君に告白された時、私に呼び出しの連絡をしてきたのは小田原君だった。

『俺のダチで女をとっかえひっかえしてる奴がな、おまえに告白したいって言ってんだ。頼む! 放課後屋上まで来てくんねぇか?』って言っていたけれど、告白の場に現れたのはいかにも人畜無害で奥手そうな男子だった。上乃君の印象と小田原君の言っていた内容はかけ離れている。


 小田原君に話を聞いてみよう。

 小田原君は上乃君と同じCクラス。告白された手前、ヅカヅカと本人のいるCクラスに入り込んでいくのは気が引けて、美弥に頼んで小田原君を呼び出してもらった。

 外は分厚い雲に覆われており今にも雨が降り出しそうな空模様であった。校門の両側に立っているクスノキの下。昼休みの校門近くは人の気配が少なくて、内密な話をするには意外と丁度いい場所だ。葉と葉の隙間を抜けて地面で揺れる足元の木漏れ日を見つめながら、私は樹に寄りかかって彼を待っていた。


「へぇ~。なんとなんと話があるのは望月だったかぁ。俺になんの用があるのか知らねぇけど、なるべく短めで頼むな? 望月に呼ばれたなんて彼女に知られたらぶっ飛ばされかねないんで」


 ゆったりとした足取りで一人の男が木陰の中へと入ってきた。

 小田原君はプレイボーイという例えがよく合っている。顔は整っておりスポーツも万能とあって彼は男子として私と同じような立ち位置にいるのだろう。親近感は持ちたくはないけれど、彼女持ちだからか他の男子よりも会話に余裕があった。


「ええ。じゃあ単刀直入に聞くわね? 上乃君のことを詳しく教えてくれないかしら?」

「えぇっ? 弦二? な、なんで?」


 上乃君の名前を出した瞬間、小田原君は急に顔をこわばらせ始めた。これは当たりだと私の直感が告げている。


「彼のことが知りたいのよ。どうしても」


 そんなに答えづらい質問だろうか? 彼は頭を掻きむしり始める。


「チッ。おいおい、なつ~。なんか知らねぇけどこっちも燃え上がってんぜ~。どうすんだよおまえ~」


 遠い誰かに囁くように、小声でなにかを言っていた。よく聞こえなかったけれど、私は気にせず小田原君に質問の答えを促す。


「あなた上乃君の友達だって言ってたわよね? 上乃君がどういう人物なのか教えてくれるだけでいいの」

「あ~。弦二ねぇ……まあいいか、どうせもう直に話してんだし」


 諦めたように溜息を吐くと、小田原君は上乃君について語り始めた。


「なんの変哲もなくて、いつも平均台の上を歩いてるような男――あいつとの間に一定の距離がある人間ならそう見えるだろうな。俺も最初はそうだった。あいつと仲良くなり始めたのは単なる偶然で、別に仲良くなりたくてなったわけでもないんだ」

「偶然? なにかあったの?」

「そうだなぁ。俺と弦二は中学からの付き合いなんだがな、一年の頃同じクラスだったんだよ。あの時の俺は中一の子供に毛が生えたくらいの考えでさ、運動神経のいい人間、勉強の出来る人間、クラスを引っ張るムードメーカー――そういう奴らと仲良くしたかったんだ。まあ、俺も昔から運動はそこそこできたしダチをつくんのには苦労しなかったな」


 その考えは私にも理解できた。才能のある人間は人を寄せ付ける。それは才能があるという自覚とともに、自分が周りから好かれたいのだと望んでいるから。でも、自分には才能があるのだから、あまり目立たないような地味な人たちとは仲良くしてもしょうがないと、そう思っていたりもする。

 無意識に友達を選んでしまうのだ。自分を持て囃してくれる友達を。


「弦二は俺の仲良くしたいタイプの人間じゃなかった。だから最初は気にも目にも留めていなかったよ。だけどな、ある時からあいつの印象が俺の中でガラッと変わっちまったんだ」


 昔を思い出すように、小田原君は心なしか目をキラキラと輝かせ、私たちの上でユラユラ揺れる葉の集まりを見上げている。


「学校帰りの途中でな、猫が川で溺れてんのを見つけたんだよ。あれだ、森杉公園の近くの」

「あー道路挟んで通ってる小さな川ね。幅が狭いから人はあまり溺れそうにないけど、確かに意外と流れが速いし猫とかだったら溺れちゃいそうかも」

「そう。その時は雨降ってて川の流れが速かったんだ。どうにかしようとしてよ、流されていく猫を川べりからずっと追いかけた。途中で傘も放り投げて追いかけて追いかけて、それからどうすればいいのかなんて全然わからずにな」


 川に流されている猫を想像する。そんなの私にだってどうすればいいかわからない。


「そしたら急にあいつが――弦二が土手から猛ダッシュで川の方まで下りてくんだよ! 一瞬こいつ誰だ? なんて思ったんだが、弦二は流される猫の少し先にダイブして、いとも簡単に猫を救出しちまった」

「そ、それは普通にやるわね……」

「だろ? でも正直こいつは恐怖って言うネジが外れちまってんじゃねぇかって思った。どうしてそんな猫の為に躊躇なくきったねぇ川になんか飛び込めるんだって。とりあえず川から上がってきたあいつに駆け寄って俺は言ったんだよ『な、なにかっこつけてんだよ』って、震える声でな。そしたらあいつ、俺よりも震えた声でこう言いやがった。『かっこでもつけなきゃ、僕には猫一匹助けられないんだ』ってな。……どうだ? 望月」


 感慨にふける暇さえ与えてくれず、小田原君は私にそう聞いた。


「あいつ、かっこよくね?」

「え? あぁ……うん。その話だけ聞くとね」


 話だけ聞くと上乃君の人物像が素敵に見えてきた。猫の為に川に飛び込む勇気は誰もが持ち合わせているものではない。私にその勇気があるだろうか?


「上乃弦二はそういう男だ。今は俺の親友でもある。…………なのにあの時、あいつを助けてやれなかったこと、電話に出てやれなかったことに俺は後悔してるんだ……」


 小田原君の顔から表情が消え、木陰の暗さに沈んでいくように見えた。らしくもなく彼が一体何を悔やんでいるのか、私にはわからない。


「小田原君? どうかしたの?」

「いや、なんでもないって。まあそんなところだ。参考になったか?」

「……ええ。ありがとう」


 礼を言うと、小田原君は私に背を向け木陰を出た。しかし日向に出た彼はまた私に振り返り、太陽の光を燦々と浴びながら大きな声で言う。


「一つ言っとく。あいつを拒んだおまえがなにを考えてるのかは知らねぇがな。あいつを傷つけるのだけはやめてくれ。弦二にはもう、でっけぇ傷がついてんだからよ」


 日向を歩き去って行く小田原君を見送り、私は昼休みが終わるまでずっと木陰の中にいた。クスノキの影は大きく、木に寄りかかっている私に太陽の光は届かない。一陣の風で葉がそよぎ、葉擦れの音が辺りに響き渡る。

 もし美弥が純粋な気持ちで誰かに告白して振られ、振られた相手がその後美弥のことを嗅ぎ回っていたら、その時の私はどう思うだろう? もう関わるなと言ってやりたくはならないだろうか?

 興味本位で上乃君を嗅ぎまわっていた心の中に、罪悪感が生まれてしまっていた。



 ――やっぱり直接会いに行く。コソコソしてるのはガラじゃないわよね。

 今日は生徒会の集まりもなく、部活も休みではっきり言ってしまうと暇だった。いや、上乃君の正体を暴くと決めた以上、私にはやるべきことがあるのよ。

 小田原君の言葉が引っかかっていたものの、私は私の信念を貫き通すことを決めていた。

 終礼のチャイムが鳴り響き本日の授業が終わりを告げると、ライバルである南雲さんはスキップでも踏みそうな足取りで教室を出て行った。

 多分手芸部へと向かうのね。どうしよう……手芸部に行くと部長である南雲さんも必ずいる。上乃君が一人で帰っているところを狙って話しかけた方がいいかしら? でも結局上乃君に近づくには南雲さんを避けては通れないし…………。

 手芸部に向かおうか迷いながら、しかし足は小さな歩幅で手芸部のある実習棟へと向かっていた。降り始めた雨に打たれる中庭の景色など、私は気にもしないでいた。

 実習棟は主に文化部が活動する教室が多く、そもそもの人通りが少ない。誰かが歩いていれば遠くからでもその人の足音が聞こえてきてしまうくらいの静けさで満ちていた。


「ここまできちゃったけれど……どうしよう」


 手芸部は三階にある。階段を上り始めてしまえばもう手芸部にまで行ってしまいそうな気がした。無機質な階段の前で私は立ち尽くす。


「行くべきか、行かないべきか……尻尾撒いて逃げるのもなんか癪よね……。もう一度上乃君とは話してみたいけれど南雲さんもいるだろうし……はぁ、私なんでこんなに悩んでるんだろ?」

「なにしてんの? 望月」

「わわぁっ!」


 後ろから急に声をかけられて振り返ると、そこには坂之下夏がいた。大会の大舞台でも平常運転を保っていられる私の心臓が激しく脈を打っていた。


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