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孤独だった僕と恋する少女―2

≪坂ノ下夏≫


 バスケットボールが弾む音、シューズが床を擦りつける甲高い音、そして勝利に向い叫ばれる選手たちの声があちらこちらで入り乱れる体育館で、あたしは体育の授業に取り組んでいた。

 二クラス合同での授業は人数が多くて鬱陶しい。しかし喚いたところで人数が減るわけもなく、特に問題の起こしたくないあたしは気だるげにコートの中を歩いていた。

 あたしのいるCクラスと相手であるDクラスの試合は、始まって五分と経たず一方的な展開となっていた。それもその筈で、こちらに運動部に所属している女子はしゃかりきな少女である花山一人しかおらず、他の四人は文化部か帰宅部と、案山子が動いているだけのような働きしかしていない。そしてDクラスには――。


「望月さんっ!」

「まかせてっ! えやっ」


 南雲詩由と望月玲が暴れていた。

 南雲からパスを受け取った望月が何本目かの綺麗なレイアップシュートを決めた。望月が切り込んでくるゴール下を守った方がいいとは思うが、あたしたち烏合の衆がゴール前を固めると外から南雲にシュートを放たれる。南雲詩由は最も次期生徒会長に近い存在でなんでも万能にこなすと評判だけど、遠くからのシュートがこんなにも精度がいいなんてとても素人には見えない。


「はぁ。ホントにあいつら化け物だ」


 同じ学年で同じ人間が試合をしてこんなにも差をつけられるものだろうか? 個人差、バスケットに取り組む姿勢に違いはあれど、もう試合にすらなっていないとさすがの私でもわかる。


「南雲さん、さすがね。あなたのパスは私の欲しいところに来てくれる」

「そうですか。私はこのチームを勝利へと導くだけです」


 ハイタッチしようと手を挙げた望月に対し、南雲は憮然とその横を通り過ぎた。この二人は同じ生徒会に所属していて生徒たちを牽引する二強として男女関わらず慕われているが、一緒に試合をしている私の目にはとても仲がいいようには見えない。

 南雲はチラチラと、隣で同じバスケットをしている男子連中の方へ目を向けていた。その度にこんなどうでもいい試合に力をみなぎらせているみたいだ。

 もしかして好きな男でもいんのかね? 南雲の好きな奴なんて別にどうでもいいんだけど。

 ほとんどボールに触れないまま試合は終盤に差し掛かり、ようやく終わりかと棒立ちで立ち止まっている時だった。


「ねえ、あなたやる気ないの? みんながんばってるのに」

「えぇ?」


 声をかけてきたのは望月だった。息を乱し汗を掻いている姿でさえ、女のあたしから見ても望月は美しく――かっこよく見えた。


「あなた以外はみんな精一杯必死にやってるように見えるわ。例え負けていても一矢報いてやろうっていう戦う姿勢を感じる。あなたはなにも感じないかしら?」

「いや、あたしは……」


 言われて味方チームを見てみると、花山が指示を出し、私以外のメンバーを巧みに動かそうとしているようだった。運動神経のない三人もそれに応えようと必死にコート内を走り回っていた。クラスで浮いているあたしにはなにも言ってこないけれど、自分らでなんとかしようという想いは彼女らの動きから伝わってくる。


「別にいい――」

「望月さん。そういうタイプの人間にはなにを言っても無駄ですよ。どうせ無気力に時間を浪費するだけなのです」


 ボールを目で追う南雲が私と望月の会話に割り込み、


「そんなことに時間を割くより、相手チームの最後の攻撃を防ぎきりましょう」


 それだけを言って味方のマークへと走って行った。


「……それもそうね。でも、最後に一つだけ言っておくわ」


 そして望月も去り際に、私にこう言い残した。


「そういうのって、かっこ悪いんじゃない? 男子からモテないわよ」


 望月がゆっくりと、緩慢な動作で走っていく――いや、違う。こんなに動きが遅く感じるのは、私の目の前がスローモーションのように見えているだけ……。

 それだけ望月の言葉は、私の琴線に触れた。

 んな……なんなのあの女! それに南雲詩由! あいつらなんであんなに上から目線なの? 自分らが運動神経良いからって絶対調子に乗ってるでしょ! 確かにバスケ自体がめんどくさいってのもあるけどさ、あんたらが無双しきってるからこっちは戦意喪失しててもおかしくねーだろっつー話じゃんか!

 スローの世界に時間が戻る。あたしの気持ちは昂っていた。

 どうせ使わないと思っていた髪留めゴムを手にし、顔の周りで振り乱れていた髪を後ろに束ねた。そして全身に力をみなぎらせる。

 それに…………男にモテないなんて、あんたに一番――。


「言われたくねぇってのっ!」


 自陣ゴールで立ち尽くしていた私は、既に相手陣地で散らばっているみんなのところへ飛び込んでいく。花山がボールを両手に持ちながらどこへパスを出そうかと迷っているようだった。


「へいっ!」

「――っ! 坂之下さん!」


 ボールを呼んだ。それに呼応した花山からパスを受ける。勢いのままドリブルをしかけ相手陣内へと切り込んだ。


「させないっ!」


 望月のマーク。さすがのやる気を出して本気百パーセントのスーパーなっちゃんでも躱すのは普通に無理な相手だ。だけど望月がこっちにきたなら――。


「ほらっ」「わっ、わわっ」


 サイドでオタオタしていた味方の一人にボールを投げつけた。なんとか手に収まったらしく、そのボールをどうにかしようと辺りを見回している。そこへ花山が近寄り、再びボールを受けた。

 ゴール前へと走る。パスコースの通った位置でパスを貰おうとした。


「甘いですっ!」「行き止まりだよっ!」


 今度はあたしに南雲ともう一人のマーク。さすがにゴール前は厳重に固められていた。

 それなら――。

 あたしはまた味方のいないサイドへと逃げた。それに南雲がついてくる。ピッタリ張り付かれてこれではパスを受けられない。しかし、手薄になったゴール前にヒョロっとした冴えない味方(名前は知らん)が走り込みパスを受けた。これはあたし的に予想以上のファインプレー。


「くっ!」「私が行きますっ!」


 冴えない味方は相手を背負いながら必死に耐えている。そこへ南雲がカバーに入ろうとしていた。その隙に冴えない味方はフリースローラインから少しずれた位置にいた花山へとパスを出す。花山がシュート態勢に入った。


「またまたっ、させないからっ!」 


 花山の前に立ちはだかる望月。本当に南雲と望月の運動量は尋常じゃない。こいつら本当に女子なのか?

 しかし予想通り――花山とアイコンタクトが取れ、気付いた花山は逆サイドにいたあたしに向かってパスを出した。

 上乃詩由も、望月玲も届かない――ゴールを狙える場所。

 いかにもあたしらしい。


「「「「いけぇーっっ!」」」」


 シュート態勢に入る。目線の先にはゴールしか見えない。

 私は神経を研ぎ澄ませ、ボールを放った――。


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