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扉の世界―Ⅳ

 僕はまた夢を見る。

 最初に現れた視界には見覚えがあった。僕の住んでいるアパートから離れた、隣町にある住宅街の一角で、見回してみると新築の家や寂れたボロアパートなど様々な形をした住居が所狭しと敷き詰められている。しかし、やはり音はなくそれらに一世帯の人間たちが生活している気配を感じない。景色はごくありふれた風景でも、現実感はまるでなかった。


「ご主人様の人生は未来へと進展したようです」


 人の気配――いや違う。それは僕の夢の中での記憶に存在する、人ではない扉の世界の案内人。

 グレーの紳士服を身に纏う、狐の老紳士が立っていた。


「狐の老紳士――ってことは、この夢もまた昨日と同じような夢なんだな?」


 昨日は僕がかつて住んでいたマンションの夢を見た。そして現実では、詩由と話している間に記憶を掘り起こされるような感覚があった。掘り起こされた記憶は、父さんが死んでしまった時のもの。僕にとっても、おそらくは詩由にとっても、自分の人生において重大な出来事であることは間違いない。


「ええそうです。私は案内人ですので。ご主人様の夢をご案内して差し上げましょう」

「あんた、お節介だって言われないか?」

「言われません。私がお会いするのはあなたと夢の中でのみですから」

「ほー。じゃあ今度からあんたが出てくる度に僕が言ってやる。あんたはお節介だ」

「それはまた……私にとっては一興ですよ」


 はっはっは――狐の老紳士はステッキを右手で地面に突き、空いている左手を顎に添えて老人のように枯れた声で笑った。老人然としていないのは獣のそれである、フサフサとした毛並みだけだった。


「さて、ご主人様は前回、かつて住んでいた家の扉を開かれました。何か変化はございましたでしょうか?」

「変化というか、記憶を無理矢理掘り起こされた感覚はあったな。代わりにその間の記憶が抜け落ちたみたいだった。前世の記憶でも舞い降りてきたのかと一瞬思ったよ」


 過去の、父さんが死んだときの記憶が頭の中へと流れ込んできた。僕にとっても忘れられない記憶であることには違いないが、まさかあんな自然に思い起こされるとは。

 しかし、そのおかげで詩由からの問いかけにも真っ直ぐ答えられたような、今となってはそんな予兆であった気もする。


「辛い過去を乗り越えた上で、南雲詩由様はご主人様に心をお開きになっているようですね。ご主人様は愛されておいでです。私としても鼻が高うございますよ」

「人外に褒められても何も嬉しくないんだが? あんたは僕の一体なんなんだよ?」


 特に暑さも感じない晴天の空に浮かぶ太陽の下、狐の老紳士はシルクハットのつばを下げ、目元に濃い影をつくった。


「それは……」


 なにか重大な事実を突きつけられそうで、僕は口に溜まった唾を一気に飲み下した。


「……さておき、次の扉へ向かいましょう」

「おぉっ、おい! なんだよ! 言ってくれてもいいじゃんかよ!」


 狐の老紳士は住宅街の路地を無言で歩いていく。僕はどうせ夢の中なのだと冷静に割り切り、その後ろを着いて歩いた。

 時に狐の老紳士は道なき道を歩いた。

 住居の塀を飛び越え、だだっ広い庭を優雅に闊歩したり、

 ボロアパートの階段から飛び立っては隣の家の庇に飛び移ったり、

 動物じみた俊敏さで木を登っては平均台のような塀の上を颯爽と駆けたり、

 夢の中である筈なのに狐の老紳士に着いていこうとするだけで疲労感が押し寄せてきた。


「おいっ。こんな道通る必要あるのか?」

「いえ。ご主人様は楽しい夢をご所望の様なので、このようにアトラクションじみたルートを選択しているのですが」

「じゃあ普通の道を歩けよ! 僕は平坦な道が好きなんだ」

「左様ですか。私としましては少々楽しかったのですが、それもまたご主人様らしい」


 渋い声にしょんぼりとした口調は何とも似合っていなかった。

 それからは通学路で良く通るようなありきたりな道を狐の老紳士と共に進んだ。この近くには祖父の家があって僕も何度か来たことがあるけれど、夢に出てくるほど記憶に残る何かがこの近くにあっただろうか? 心なしか高台の方へと向かっている気がして、後ろを振り返ってみるといつしか住宅街の家々を一望できるほどの位置にまで来ていた。

 鳥や虫の声も聞こえない。誰もいない世の中ってのはこれほどまでに不気味なのか。

 生物という生物の存在しない夢の世界に懐疑的な所感を抱く。扉の世界から継続して見させられるこの夢に、一体どんな結末が用意されているのか。最初の白い世界で、この夢は『未来への入り口』だと説明されたが、この夢は僕の人生を捻じ曲げるものであるのかもしれない。


「次の扉までもう少しです。頑張ってください」


 どうやらまたどこぞの扉を開くらしい。どうせならもうその辺の扉でも開けばいいじゃないかと、僕はなだらかな傾斜の坂道に建つ、とある一軒家の門扉を開こうとした。


「ん? あれ、開かないな」

「それは当然です。その扉の鍵をあなたは解いていないのですから」


 門扉の把手を推し引きしていると、狐の老紳士はそう言った。


「この世界での扉は、ある条件を満たすことにより、解錠が可能となります。そのためにはご主人様が現実で解錠するための行動を起こさなければなりません」

「じゃあほとんどの家の扉は開かないんじゃないか? どの扉が開けるのかもわからないし」

「ですから私、扉の案内人がいるのですよ」


 そして狐の老紳士は目的の扉までの案内を再開する。この世界における扉の説明を受けたところで僕には結局、その設定みたいな扉の性質になんの意味があるのかさっぱりだった。

 何度同じような家を通り過ぎたことだろう。歩いていた坂道の傾斜がなくなりかけた頃、狐の老紳士は立ち止まった。


「着きました。この場所です」


 僕らの目の前には、洋館を彷彿とさせる二階建ての木造建屋があった。高台へと続いていた道の終着点だと主張しているかのように堂々と道を塞いでいる。実際には行き止まりではなく、横に逸れた細道の方に目を向けると、公園らしき広場の端が少しだけ見えた。


「ここか? 間違いなく僕の記憶には見覚えがないんだが」


 花や蔦の装飾が施された両開きの扉には『CLOSE』と記された札がさがっている。見上げると庇のような出っ張りに『楠原人形店』と崩した文字で書かれていた。


「楠原人形店……全然ピンとこないな」


 板張りの外壁に沿って人形店の周囲を見てみると、一階の側面はショーウィンドウとなっており、その中に小さな人形から等身大のマネキンに似た人形までが陳列、展示されていた。アンティーク調の人形が多く、小さな女の子がよく持っているような煌びやかさはないものの、レトロな雰囲気を印象付けるには十分だった。

 また店の入り口の前まで戻る。狐の老紳士は扉の横に立ち、恭しく頭を下げた。


「さあ、扉をお開きください」

「なあ、本当にこの扉を開く必要はあるのか?」


 望月との邂逅、掘り起こされた記憶――そしてこの現実を投影したかのような景色に未来への不安感は積もり積もっていくばかりだ。ただ案内されるがままに扉を開き続ける僕は何も間違っていないと自分自身に言い切れるのかわからない。


「私はご主人様の望む道を提示する――ただそれだけの存在です」

「そうか。とりあえずは、また扉を開いてその先を見てみることにするよ」


 僕は仰々しく扉の把手に手をかける。


「ただそれだけ……私には、ただそれだけしかできないのです」


 両開きの扉は奇妙なほどに音もなく、向こう側へと開いていく。開かれていく扉の先に目を奪われ、狐の老紳士の言葉は僕の耳によく届いてはいなかった。


「私はご主人様の幸せを、祈っております」


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