恋する少女の暗躍
屋上へと続く扉。手前にある階段はいつも人気がなく、内密な話をするには持ってこいの場所である。昼休みにあたしはその場所にある男を呼び出した。
「よっ。元気かよ? 夏」
「教室でいっつもあたしの斜め前にいる奴が何言ってんの?」
軽薄な笑顔で階段に現れたのは小田原宗谷。女子の視線を集めるプレイボーイを呼び出し、うら若き男女が人気のない場所ですることは……。
……ない。なくていい。別にこいつはあたしにとってただの幼馴染でしかないから。
父親たちが同じ会社の重役同士だった。物心のつき始めた小さい頃から、形式ばった挨拶を父親たちが交わすその横であたしと宗谷は顔を合わせていた。他の子どもたちがパラダイスを走り回るように一緒に遊んだりすることも数える程しかなかったあたしたちは、高校生という今になってもそこまで馴染んでもいない幼馴染みという間柄である。
小さい頃から見てきた女を落とすための整った顔立ち。彼女も既にいるし、モテているのは認めるが、高校生となった今でもあたしはこいつを好きにはなれない。
しかし、今日は用事があってやむなく彼を呼び出した。どうしても阻止しなければならない重大な事態が迫っていたから。
「上乃の告白。セッティングできたの?」
「ああ。そりゃあもちろん。他でもねぇ弦二の頼みだからな」
「それだけ?」
「あー、夏の要望通り、弦二がヤな奴だってのをこれでもかってくらいには言っといた。言い過ぎて俺がキレられるんじゃねぇかって途中からヒヤヒヤしたぜ……」
「上出来じゃない。あんたが張り倒されてたら完璧だったけど」
上乃が望月に告白するという情報をなかば無理矢理宗谷から聞き出したあたしは、まずそれをどうやって阻止するかを考えた。告白自体がなくなってしまえば二人が付き合う可能性もなくなるのだから。
しかしこの男、小田原宗谷は幼馴染であるあたしの頼みを断りやがった。どうやらこいつは幼馴染より親友という関係を優先するらしい……まあ、当然と言えば当然か。
『告白の中止はしねぇ。だが、俺はおまえの味方でもある』
そう言った宗谷はあたしの話に耳を貸した。こいつは一体なにがしたいのか――掴みどころのない性格が嫌いな面の一つでもあった。
「おいおい。幼馴染にそれはひどすぎない?」
「別に、昔からあんたってそうでしょ? 神経の図太さだけはあたしも見習いたいくらいだって。それとも無神経?」
「はっはー。どっちも嬉しくねぇなぁ。でも、俺もおまえから見習いたい部分はあるさ」
「なに?」
「純粋なとこだよ」
宗谷はあたしに向かって指を突き立て、銃を打ち抜く仕草を見せた。
なぜあたしが上乃の告白に横やりを入れようとしているのか、この男は既に知っている。だからこそその言葉の意味を悟り、怒りと恥ずかしさで顔が一気に熱くなった。
「今からあたしが張り倒してあげようか?」
「冗談だって。……でもおまえさ――マジで弦二のこと大好きなんだな」
「うるさい…………あんなに喋ってて居心地いいの、あいつが初めてだったから……」
あたしは上乃弦二が好きだ。
もちろん一人の男として。恋愛感情百パーセントの恋だ。
やはり高校二年に進級してからだろうか? まだ上乃と知り合って二カ月ちょっとしか経っていない。しかし出会ってからの時間など恋愛には関係ないのだと私は知った。
燃え滾るような恋ではない。付き合って恋人ごっこに真剣に取り組みたいわけではない……でも、上乃が他の女子と付き合い、自分との関係が疎遠になってしまうことをあたしは恐れた。
上乃とは友達のようでいて恋人っぽくないような、そんな関係でいたい。
「俺は?」
「うん。早く会話を終わらせたいってくらいには居心地悪いんだけど」
「相変わらずひでぇな……まあ取りあえず横槍だけは差しといてやったからな」
「そこは助かった。一応礼は言っとく」
「しっかしなぁ、取り越し苦労だと思うぜ? 俺は。確かに弦二にはわかる奴にしかわかんねぇ魅力があるけどよ、正直なとこ振られるのはほぼ確実だろうな。望月と話してるとこなんて見たことねぇし」
「あんたが見たことないだけで、もしかしたら仲いいかもしれないじゃん」
あたしとしては上乃が誰かと付き合う状況だけは阻止したい。その為にはどんな手だって打ってやる。
宗谷が弦二の親友でよかったと、この時だけは宗谷との腐れ縁に感謝した。望月は双楠高校のアイドルで男子生徒の注目を浴びている一人だ。まだ結果はわからないけど、宗谷が工作してくれたことにより上乃が望月と付き合う可能性も少なくなることだろう。
とりあえずの難は凌いだ――そう安心するあたしに対し、宗谷は珍しくも真剣な顔であたしを見ていた。
「だけどな、俺もこれだけは何度でも言っとくぜ? 俺は夏の幼馴染みだがな、弦二の親友でもある。今回はおまえが感づいたから気持ちを汲んでやったが、あいつがおまえの知らない間に彼女作ろうとしても俺は親友として応援してやりたい。おまえがあいつのことをどう想っていようがな」
「…………」
まるで冷や水を浴びせられた気分だった。今の言葉は、宗谷は私の絶対的味方ではないことを意味する。どうやら私はますます上乃から目を離せなくなってしまったようだ。
「……まあ、幼馴染としておまえに一言アドバイスしてやるとするなら――」
ここまで宗谷の言葉に耳を傾けようと思ったことがあっただろうか? 宗谷は薄暗い階段をゆっくり下り始めた。パタン、パタン――上履きが階段を叩く音が嫌に響く。
そして宗谷はまるでゲームでも楽しんでいるかのようなにやけ面で振り返り、
「おまえもあいつの方に飛び込んで行けって。ただそれだけさ」
そう言って足音をドタドタと響かせながら一気に階段を下りて行った。足音が鳴りやみ、階段に静寂が戻ってきても私の顔が持った熱はなかなか冷めず、最後に見たにやけ面をひっぱたいてやりたい情動に満ちていた。




