選択する僕と妹―4
≪南雲詩由≫
私の兄が女の子に告白をした。私はそれ自体をあまり問題視していない。
兄さんが私ではない他の女性と結ばれ、それで幸せを感じられるというのなら、それは他ならない私の願いでもある。例えどんなに私の嫌う性格であろうと、どんなに私とかけ離れた存在であろうと、兄さんが選んで決めた女性なら私は無理矢理にでも納得することができる自信があった。
現に兄さんは私と同じ生徒会役員である望月玲さんに告白をした。私は彼女の人間性というものを高く買っていた。一年の時から成績の面で突出していた私に唯一張り合えた相手で、あまり深く関わり合いを持った覚えもないけれど、その優秀な能力はたゆまぬ努力に裏付けされたものなのだと私は知っている。
望月さんが、兄さんに釣り合う十分な人間だと私は認めていた。
しかし彼女は兄さんを振ったと言う。
私は彼女に心底落胆した。いくら兄さんの気が逸って急な告白になってしまったとは言え、相手の人間性を少しずつ知り、その本質を見極めようとする力が望月さんにはあるのだと私は思い込んでいた。もしかすれば買い被りすぎていたのかもしれない。
私にとっては兄さんが一番大切だから、私の最優先事項は全て兄さんの意思に委ねられている。
昔、兄さんは手先の器用さだけが取り柄の凡人だと思っていた。私が兄さんよりいい成績を取ると、必ずと言っていいほどにいい顔をせず嫌味や八つ当たりばかりしてきた。一丁前に兄としての威厳でもあるのだろうかと、目障りにも感じていた。
両親が離婚した時、兄さんは浮気をしたと懺悔したお父さんに着いていくと言った。その時私は、私がお母さんに着いていくと先に言ったから、単純な反発心で兄さんはそう言い出したのだろうと呆れ返っていた。
しかし、あの日に私の見る世界は一変した。
唐突に知らされた父親の死。後で聞かされた話ではお父さんは過労による急性心筋梗塞なのだと知った。ろくに睡眠を取らず、充分な栄養も取らず、不健康極まりない生活を送っていたつけが訪れたのだと医者は言っていた。
お父さんが死んでしまったのはもちろん悲しい。両親が離婚し、別居していたとはいえ私たちは血の繋がった家族だったのだから。
ただ、兄さんに連絡を入れたと言う看護婦さんから話を聞いた時、私は全身から力を失った。
「私があなたのお兄さん――弦二君に連絡を入れたのですが……彼は電話越しにすぐ病院へ向かうと言ってくれました。私らも一番身近なご家族の方に患者様を看取って頂きたいと願っていますので、力強い声を聞いてひとまず胸を撫で下ろしました。――ですが、彼はなかなか来てくれず、お父様の死に間に合いませんでした」
彼女は世の中を憂うような瞳で、私に聞いた。
「お父様の死より大事なことが、果たしてこの世の中にあったのでしょうか?」
私はすぐさま兄さんの元へと向かった。そして地面に膝をつき、兄さんに縋った。
「兄さんごめん! ごめんなさい兄さん! 私がっ、私なんかが兄さんに迷惑をかけたからっ! お父さんは兄さんに会いたかったはずなのに……兄さんも生きているお父さんに会いたかったのに! ……私を許してっ! 許して許して許してぇっ!」
兄さんは父親の死より、窮地にあった私の救出を優先したのだ。
私が学校周辺に蔓延っていた有象無象に注意なんてしなければよかったのに。あんな人間なんて視界に入れず、ただ私の兄にだけ目を向けていればよかったのに。
私はあの時の自分の不甲斐なさを乗り越えて、心の中のあらゆる箇所に楔を打った。
兄さん、兄さん、兄さん、兄さん、兄さん――全てが兄さん。
私は兄さんに憑りついている。それを自分から望んでいた。




