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選択する僕と妹―3

 潜り続けていた記憶の海から顔を出すと、僕は教室の自分の席に座っていた。


「おい。大丈夫か? 弦二。おまえ歴史の教科書に載ってたハニワみたいな顔してたぞ」

「ああ。何でもないよ。少し昔を思い出してただけさ」


 昔とは言っても父さんが死んだのはつい二年くらい前の話だ。今でも鮮明に、ベッドに横たわる父さんの笑顔を思い出せるけど、いつまでも忘れられないでいられるものなのだろうか? 幼い頃の、あったことすら思い出せない些細な記憶のように消えて無くなってしまいそうな不安感が僕をずっと駆り立てている。


「ていうか、ハニワってなんだよ? 僕があんなアホみたいな顔するわけないだろ?」

「いや、結構してるけどなおまえ。口半開きにして、ボッケェーってよ。もしかしたら望月に振られたのまだ気にしてんのかと思ってたんだがな」

「それは大丈夫だ。昨日も……」

「昨日? 昨日望月となんかあったのか?」

「いや……昨日ようやく吹っ切れたってだけさ」


 公民館で望月と出くわした旨を宗谷に話そうとしたが、やっぱりやめておいた。他人とは少しずれた、自分の好きなものについて望月と語り合った昨日の出来事を僕は秘密にしておきたかった。

 今日も森保先生が眠たげな顔で教壇に立ち、そして挨拶を告げる。それを合図にでもしているのか、隣の席の坂之下が今日もフランクに話しかけてきた。


「そろそろ新しい好きな人でもできた?」

「できるわけないだろ。なんだ? 坂之下は僕のこと女たらしに見えるのか?」

「いんや、全然。よく女の子に告白できましたねー、ってレベルの男でしょ?」


 こいつ、本当に僕のことバカにしてやがるな。

 何か仕返ししてやりたくて、僕は思いっきりゲスな顔をしてみた。


「そーいう坂之下はどーなんだよぉ~? 好きな相手五、六人くらいるのかー? もしかしたら五十六人くらいいるのかもなぁ~? なぁなぁなぁ~?」

「……は? あたし? あたしは別に、そんなにいるわけ……」

「…………」


 ちょっとからかってやりたいだけだったのだが、妙にそわそわし始めた坂之下を見て、僕の反撃してやりたい熱は一気に冷めていった。社会人ともなると男が女性相手にこういう言い方をしただけでもセクハラになってしまう世の中らしい。宗谷と同じく親友みたいに思い込んでいたが、坂之下も正真正銘女の子なんだもんな。


「……なんか、すまんな。坂之下も女の子なんだよな」

「んな、なによっ! 女で悪いかっ! そんな憐みの目であたしを見るな!」

「そうだよな。坂之下も僕には言えないいろんなことがあるんだよな。女の子だし」

「こらぁっ! 勝手に納得すんなぁ!」


 喚きだす坂之下を見て、僕は内心クスクスと笑っていた。どうして坂之下と喋るとこんなに楽しくなってしまうんだろう? 毎日毎日隣の席で喋り続けているのに、坂之下との会話に嫌気が差したことなんて一度もない。坂之下の会話のセンスがいいのだろうか?


「ぅおーい。坂之下―、上乃―。あんまり騒ぐんじゃないぞー」

「「はーい」」


 いつもどおり、坂之下とのハモった声で僕は先生に返事をした。

昔を思い出し、死んでしまった父親を忘れてしまわないか――そんな不安感はいつしか安堵に変わっており、こんな楽しい日常が父さんは好きだったなぁ、とそんなことを考えていた。


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