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好きなものを好きと言える僕と君―6

「兄さん。何か作るの?」


 放課後の手芸部にて僕が作業スペースの整理をしていると、手芸部へと入ってきた詩由がそう尋ねてきた。


「ああ。最近サボりっぱなしだったからな。練習がてら簡単なものでも作ろうかと」


 詩由にはその場の思いつきのように言ったが、今の僕の頭の中にははっきりとした輪郭の浮かび上がる人形の姿があった。これほどまでにくっきりとしたアイデアが浮かんできたのは今までになく、僕はどうにか僕の頭の中にしかない人形を形にしてみたかった。


「簡単なもの……まさか、また変なもの作らないよね?」

「つ、作るわけないだろ。一体僕を何だと思ってるんだ。全く……」

「お兄様には前科がありますからねぇ。ホントに全く、ですよ。全く持って油断なりません」


 ジトリ、そんな擬音の聞こえてきそうな目を向けてくる詩由。

 一度冗談半分でレディースのパンティを作ってみたことがあった。我ながら会心の出来であるとしげしげ眺めていたところに詩由が現れ、一体誰の物であるのかと小一時間問い詰められた。僕の自信作なのだと何とか説得し、詩由の怒りは治められたが、その後、そのパンティがどこへ行ってしまったのか、僕には知る由もない……まさか詩由の奴、履いてないだろうな?

 作業場の整理整頓を終え、僕は帰り支度を始めた。実際、今は構想を練っている段階で材料も何もない。取り掛かるのは明日からでもいいだろう。


「あれ? 今日はもう帰るの?」


 共有スペースに設置してあるパソコンで事務作業に勤しんでいた詩由が振り返る。


「ああ。材料も何もないしな。正直今日出来ることと言ったら準備くらいだったよ」

「お兄様? シルクの生地なら棚の上から三番目に仕舞ってありましてよ?」

「お、そうだったそうだった――って、だからつくんないって言ってるだろ!」

「ふふっ。私はもう少し作業して帰るから、兄さんは先に帰ってていいよ」

「わかった。それじゃまた明日な」

「うん。また明日」


 詩由に別れを告げ、僕は一人帰路に就いた。詩由は手芸部で主に生徒会の残作業をしていて手芸部らしい活動はほとんどしておらず、こうして僕にやることがないと一人残ってパソコンをカタカタ動かしている。それでも詩由が手芸部にいる理由は……それがわからないほど僕も阿保ではない。


 いつも通りの帰り道は安心する道のりだ。たとえ目を瞑っていても帰れるかもしれない。それほど僕にとって、というよりほとんどの人にとって通学路は馴染みのあるものだろう。

 その通学路にある十字の交差点。朝と同じようにこの交差点は交通量が多く、たくさんの車が行き交っている。赤を示した横断歩道の手前で僕は立ち止まっていた。

 横断歩道の向こう側に車道沿いを歩いてきた三人の小学生が僕と同じく横断歩道の前で止まった。僕とは違い、三人仲良く楽しそうに会話をしているみたいだ。

 信号が青へと変わり、横断歩道に足を踏み入れ、途中小学生らとすれ違う。


「今日のやつも面白かったよな! 背筋がゾクゾクしたぜぇ~」

「ぼ、ぼくはちょっと怖かったかなぁ」

「おまえビビりすぎだっつーの! あっははは!」


 無邪気な笑顔でこれからどこに遊びに行くと言うのだろう? 楽しそうな小学生の笑顔に僕もつい笑ってしまった。

 横断歩道を渡り切り、小学生らの来た方へと顔を向けてみる。そちら側には公民館があったはず。


「ん……? こうみんかん?」


 何だろう? 既視感か? 僕がちっちゃい頃の記憶?

 僕が公民館の扉を開いているビジョンが脳内で再生された。ガラス張りになっている向こう側には暗闇しかない。それでも僕は何の用か公民館の扉を開いていた。

 久しぶりにちょっと覗いてみようかな? 別に何もないんだろうけど。

 僕の足は車道沿いに進んでいった。歩道を道なりに進んでいくと、昔の記憶より随分と清潔感の増した公民館に辿り着いた。

 両開きとなっているガラス扉の片側に張り紙が貼ってある。


『○曜日の〇時より朗読会を行っています』

「へぇ、そんなのやってるのか。今日だけど時間的にもう終わってるか」


 張り紙に目を向け独り言ちながら、僕は反対側の扉を開いた。

 そして開いた扉の隙間からは思いもよらぬ人物が現れる。


「望月?」

「あなた。上乃君」


 望月も僕を見て驚きの表情を浮かべていた。こんなに近くでばったりと出会ってしまい、僕はどんな反応をすればいいのか全くわからなかった。


「も、望月はどうしてここにいるんだ?」

「私は……少し用があって来てたの。君はどうして?」

「僕は……なんで来たんだっけ? まあちょっと懐かしくなったんだ。はは」


 口から出まかせもいいところだ。でも、懐かしいと思ったのは本当だった。


「おねえちゃんたちー、ちょっとどいてー」


 外へと出たがっている小さな女の子が出入り口を塞いでいる望月を見上げていた。


「ああっ、ごめんね」


 僕は中へと入り、外へと出ていく女の子を見送った。とりあえず邪魔にならないよう二人で靴箱の傍へと寄ったはいいものの、望月と何を喋ればいいのかわからない。


「ねぇ。上乃君はさ、子供っぽいことって興味ある?」


 ようやく靴やスリッパの真新しいゴムのような匂いに気づき始めた時、望月からそう話しかけられた。なんだかちょっと恥ずかしそうな顔をしている。


「子供っぽいこと? んー、手芸部で人形とかぬいぐるみとか作ったりはしてるけど、どっちかっていうと子供っぽいより女の子っぽいのかもな」

「へぇ。手芸部ってそういうの作ってるんだ。それってどこかに展示されるの?」

「いやいや、ただの自己満足で終わるだけだよ。誰かに見せるようなものじゃないさ」

「でもちょっと見てみたいかも。上乃君の作った人形とかぬいぐるみ」


 すぐ隣で聞こえてくる息遣いに、今のこの状況をはっきりと認識させられる。ただなんとなく訪れた公民館で望月と二人っきりで会話しているなんてまるで夢のようだ。

 けれど、振られた側である僕からしてみれば多少気まずい……。


「ねぇ。ちょっと来て」


 僕は望月に連れられ公民館にある休憩室へと入った。壁際に並ぶ自販機にそれを囲う長椅子。小さな部屋の中には僕ら以外誰もおらず、二人っきりになった。

 二人でベンチに腰掛ける。僕は望月と一人分の間を開けて座った。


「あっ、ごめん。あなたの告白を断ったのに、ちょっと馴れ馴れしかったかな。今更だけど私とは話しづらいわよね」

「いや、全然! 気を遣われて話しかけられないよりか全然嬉しいよ」

「そう。よかった。じゃあ……これ見てくれる?」


 目が眩みそうなほど眩しい笑顔を見せてくれた望月は、持っていた自分の学生鞄からクリップ留めされた紙束を取り出し、それを僕に見せてきた。


「これは?」

「私の書いた、絵本の下書き」

「絵本の下書き? これを望月が描いたのか?」

「う、うん」


 何やら恥ずかしそうにそわそわし始めた望月は、太ももの上で自分のスカートの裾を指先で弄び始めた。手渡されたばかりの紙束の存在も忘れ、性懲りもなくかわいいと思ってしまう。


 ――ガチャリ。


 聞き覚えのある音がした。しかしその音に間髪いれず、望月は呟き始めた。


「私……絵本が好きなんだ」

「絵本?」

「そう。絵本。高校生になっても好きだなんて恥ずかしいわよね。でも、自分の年が増えていく度に同じ絵本を読んでみると、物語の見方が変わったりして全然飽きないのよ」

「好きってそういうもんだろ? いくらやったって飽きないからいつまでも好きでいられるんじゃないか? 僕だって男のくせに裁縫が好きで、逆にそれしか能がないからさ」


 僕と望月はお互いの顔を見ながらクスクスと笑いあった。自分の好きなものがちょっとだけ普通の人たちと変わっていて、それでも好きでい続けるお互いを面白おかしく思ってしまったのかもしれない。少なくとも僕はそうだった。

 気づけば僕は望月のことを振られた相手ではなく、好きなことに夢中な一人の女の子として見て会話していた。彼女も次第に僕を気遣うような言葉の硬さが取れてきて、明け透けに自分の事を語る楽しさを味わっていた。


「私、あなたに少し似てるのかも。好きなものに夢中になれるってそれだけで幸せよね」

「ああ。僕は地味な奴だ、ってよく言われるんだけど、何も考えずにぼーっと針を布に通し続けてる時間がすごく大切に思えるんだ。全然大したことしてないのに、どうしてなんだろうな?」

「多分、それが上乃君だから、じゃないかな?」

「それが僕?」

「ええ。上乃君自身がその時間を大切にしてるのよ。私だってそうだもの。そういう時間が私の歩む人生の大事な一部分なんだって、そう信じてるから」


 人生の大事な一部分――人によってその割合は大きく変わってくるのかもしれない。しかし大小あれど、自分を自分だと示す大切なもので、もしもなくなってしまったとしたら僕はいったい何者になってしまうのか、想像もつかなかった。


「そうだな…………好きなものに夢中になれるのって、幸せなんだな」


 告白の時、望月の言っていたやりたいことってこのことだったんだな。話しを聞いてみた感じ、僕の入り込む余地なんてさらさらなかったんだ。

 今改めて僕は納得する。それと同時に少し後悔もしていた。もし、告白なんてせずにこうして望月と仲良くなれていたとしたら、もしかすれば僕は大切な縁を望月との間に築けていたのかもしれないのに。

 夢の時間の終わりを告げるように「そろそろ帰ろっか」と望月に切り出され、僕らは公民館を出た。もう夕陽も輝きを潜め、公民館の前の車道を通る車にはヘッドライトが点り始めていた。


「私……ちょっとだけ、後悔してるかも」

「え?」

「ううん! なんでもない! それじゃあまた、学校でね!」


 まるで僕にはいない幼馴染のような別れの言葉で、なんだかジーンとくる感動のようなものがあった。

 でも、後悔してるって一体どういう――ま、まさか僕とエンカウントしたことに後悔してるとかっ? もしそうだったとしたらとんでもない爆弾を残してったもんだ。


「ははは……はぁ」


 自然と肩が落ちる。今日の帰路は長い旅のように僕には思えた。


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