好きなものを好きと言える僕と君―5
≪望月玲≫
私は絵本作家になるのを夢見ている。
幼い頃から感情の起伏が大きかった。取り乱すほどの経験は未だかつてないけれど、悲しければ人一倍泣くし、イラっときたら人一倍怒るし、面白かったら人一倍どころか十倍くらいは笑ってしまう。そんな感情の大きく揺れ動く人生を、私は今まで送ってきた。
それはいつからか自分が受ける側ではなく、与える側になりたいという願望に変わった。私はその願望を叶えるために、絵本という媒体に目を付けた。
子供たちが絵本を見て一喜一憂する姿は見ていて本当に面白く、ほのかに情動の鈍くなりはじめた高校生になって初めて絵本の朗読会を見た時、これほどまでに絵本というものは子供たちの感性を揺さぶるものかと畏敬の念さえ覚えた記憶がある。
そして私は今、公民館で行われている絵本の朗読会に聞き手として参加している。できたばかりの教室に似た綺麗な室内に、パイプ椅子に座って物語を語るお姉さんと、その周りに床に座り込んで物語を聞く十数人の少年少女たち。私は子供たちに紛れてお姉さんの声を聴いていた。
話し手であるお姉さんの優しく、時に荒々しくもなる語調、物語の展開を予感させる間の置き方、そして緩急のついた声音が子供たちを物語の世界へと誘う。高校生の私ですらお姉さんの巧みな語りに想像を膨らませ、物語の世界へ没入してしまっていた。
「――こうして少年二人は、手を合わせて自分たちのお家へと帰っていったのでした――おしまい。……みんな、一人ではできないことも、誰かと力を合わせればできることもあるかもしれないよ? みんなと協力して仲良くすることを忘れないでくださいね」
「はーいっ!」
少年少女たちに紛れて私も元気に声を上げた。こういう時に、私は童心というものを感じる。
「おねーちゃん! おはなし、おもしろかったね!」
「うん! でも途中で妖怪が出てきた時はこわかったよね~」
「ゆきも~。うぅ~夢にでてこないかなぁ……」
いつも朗読会に参加している有希ちゃんと物語について語り合う。私は絵本に触れた子供たちの感想が一番の、絵本作家を目指す私にとってのアドバイスだと感じている。なにより、絵本について子供たちと感想を言い合うのが楽しかった。
「またね! おねえちゃん! 涼音さん!」
涼音さんと呼ばれた絵本の朗読をしていたお姉さんと共に、公民館の玄関から元気に走り去っていく子供たちに手を振った。
「えっと、涼音さん――でいいですか?」
「はい、私は涼音です」
にっこりと微笑んだ涼音さん。涼音さんの朗読を聞いたのは今回で三度目で、こうして面と向かって話すのは初めてだった。女である私から見てもとても綺麗な人で『薄幸の美女』という例えがとてもよく似合う女性だった。
大学生くらいかしら? もしかしたら私とそう離れてないのかも。
涼音さんは絵本の入ったバッグを肩にかけ、子供たちがこぞって取り合う大きめのぬいぐるみを両手で抱いていた。
「あなたは望月玲さん。アキラちゃんって呼んでもいい?」
「あっ、はい。どうして私の名前を知っているんですか?」
「有希ちゃんと仲良くしてるでしょ? この間有希ちゃんに教えてもらったの」
「そうでしたか。すみません……私高校生なのにお邪魔しちゃって」
「全然いいじゃない! 私なんかもう子供っぽいものばかり好きで、この朗読会の語り手も『やりたいでーす!』って、私から自治体の人に押し掛けたんだから」
そ、そうなんだ……。見かけによらずアクティブな人なのかも。
公民館の休憩室に戻り、ぬいぐるみを間に挟んで座り、私たちはしばらく二人で話をした。他人には言ったことのない絵本作家になりたいという夢を涼音さんに話してみると、彼女は手放しで応援してくれた。涼音さんは快活な人で、私も話していてとても心地のいいひと時を送れた。
「あー楽しかった! でもそろそろ帰らなくちゃ。アキラちゃん、またお話できる?」
「はい。また涼音さんの朗読、聞かせてください」
「ええ。それじゃ、またね」
小さく手を振りながら涼音さんは休憩室から出て行った。涼音さんを見送ってから、自分ももう特に用はないし帰ろうかと、休憩室を出た。
公民館の出入り口にて私は履いていた緑色のスリッパから通学用のローファーへと履き替えた。両開きとなっているガラス張りの扉へと向かう。涼音さんと話をしてやけに気分の高揚していた私は向こう側から歩いてくる人影に気づかなかった。
「も、望月っ?」
「あなた、上乃君?」
上乃君が扉を押し開きながら、私を驚いた眼で見ていた。私としても意外な人物との出会いに、奇妙な縁を感じずにはいられなかった。




