第209話 ギリ犯罪
「……ん?」
俺は首を傾げる。
「結局どういうこと? ラストが話してる言葉って……」
「それがよくわからないんです」と春奈ちゃんが言う。「私にはずっと日本語を話してるようにしか感じなくて」
「俺もそうなんだけど……」
「ですよね。二人きりだと、疑うことすらないでしょうし」
「オレは……」
ギンが口を開く。
数秒ほど考えるような間を置いてから、先を続けた。
「あの、なんていうんだろ。右回りにも左回りにも見える動画ってあるだろ? 真っ黒い人がこう、くるくる回ってる」
俺は頷く。
子供の頃にテレビで見た記憶がある。
「シルエット錯視って奴だね」とアマンダが言う。
そんな名前だったのか。
「なんかそんな感じで、どっちにも思えるというか、状況次第で変わるというか……」
「状況次第?」と俺が尋ねる。
「基本は英語なんだけど、例えば春奈が日本語で彼女と話してると、急に日本語に切り替わる時があって。でも気づくと英語に戻ってたり、入り混じって聞こえたり、酷いと知ってるはずの単語が聞いたことない言葉に思えたり……」
話してるうちに混乱してきたのか、声が尻すぼみになる。
「知ってるはずの単語が聞いたことない言葉に思える……」
いまいちピンとこず、俺は腕を組んで考えこむ。
ギンが「なんか」と言葉を絞り出す。
「ゲシュタルトが崩壊した時の感覚に似てる」
それはちょっとわかるようなわからないような……。
「何が一番気味悪いって、それでも内容は問題なく理解できるんだ」
ギンは本当に気味悪そうに言った。
俺はアマンダに視線を向ける。
「アマンダもそうなの?」
「言ってる意味はよくわかるよ」
「どういうこと?」
「シルエット錯視の話で言えば、私は意識的に回る方向をコントロールできるからね。だからってわけじゃないだろうけど、今は日本語で認識してる」
「……それはつまり、意識的に?」
「そうだね」
ラストが日本語を話しているわけじゃなく、アマンダが日本語で認識している。
なんか変な話に思えるけれど、それが実際に起きていることなのだろう。
心なしか、ギンがシュンとしているように見える。
これはアマンダがおかしいだけで、そんな落ち込むようなことではないと思う。
むしろ混乱するのは、それだけ頭の回転が早く、多言語を完璧に使いこなしているからだと思う。
俺はどう頑張ったって、日本語にしか思えないだろうし。
あと気になることで言えば、ラストの外見についてだ。
『十歳前後で性別は不明』と『十三歳くらいのボーイッシュな女の子』。
どうしてそんな齟齬が起きているのだろう?
これも言葉と同じで、人によって認識が違うのだろうか。
そう思ったんだけど——
(……あれ?)
出会った頃は間違いなく、十歳前後で性別は不明だった。
でもちょこちょこ会っていたせいで、今の今まで気づかなかった。
(なんか思い返してみたら、会うたびに少しずつ成長していたような気も……)
ラストと初めて会ったのは半年ほど前。
成長期にしても育ちが早い。
まあ人間の尺度を当てはめていいのかわからないけれど。
(というかダンジョンの管理者って成長するんだ……)
そこが盲点だったからこそ、今の今まで気づけなかったのかもしれない。
改めて確認すると、確かに十三歳くらいのボーイッシュな女の子に思えた。
そんなラストが、真正面から俺に抱きついている。
いわゆる対面座位のような格好で——
「……もしかしてこれって結構際どかったり?」
コクコクと、みんなが一斉に頷く。
慌てて引き離そうとしたんだけど、
「嫌だぁああ! 手足がもげても離れるもんかぁあああ!」
「なんでそんな……。わかった、わかったからっ。後ろからならいいからっ」
折衷案として、おんぶみたいな格好でラストが俺に抱きつく。
「これなら問題ないよね?」
「そうですね」と春奈ちゃんが言う。「ギリ犯罪です」
「そっか、ならよかった」
……ん?
ギリ犯罪は普通に犯罪なんじゃ……。
いやこれはあれだ、きっと「ギリ犯罪じゃない」を言い間違えただけだ。
なんか怖いから指摘はせず、そういうことにしておいた。




