第208話 全然善処
そもそも、と私は思った。
「彼女がラストさんでいいんですよね?」
「どういうこと?」
「お兄さんから聞いていた話と、結構違うなと思って」
お兄さんはラストさんのことを『十歳前後で、性別は不明』と評していた。
でも、
「女の子ですよね、彼女」
髪の毛は短めで中性的ではあるけれど、性別不明って感じではない。
せいぜいボーイッシュな女の子って感じだ。
私の印象に過ぎないから、断定はできないけれど。
「いや、女の子で間違いないと思うよ」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「私の性欲がそう告げている」
「ああ、そうですか」
性欲って……。
私はラストさんに視線を向ける。
「十三歳くらいですよね、彼女」
「何を今更。君だってまだ十六歳じゃないか」
「…………」
なんか今、遠回しに「君を性的な目で見ている」と言われた気がするけれど……。
それこそ今更か。
(でもそこも変なんだよね……)
お兄さんが言っていた『十歳前後』も微妙にずれている気がする。
まあ『十三歳くらいのボーイッシュな女の子』を『十歳前後で、性別は不明』と表現するのは、間違っているとまでは言えないんだけど。
それに私が同性だからってのもあるかもしれない。
お兄さんくらいの年代の男性からすると、それくらいの解像度になってしまうのかも。
(なんか無理くり理屈をつけてる感じもするけど……)
そう思いながらラストさんの方をもう一度見ると——
アンリがラストさんの首を鷲掴みにして持ち上げていた。
「えぇっ!?」
私は慌てて駆けつける。
「アンリ、どうしたのっ!?」
てっきりラストさんが何かやらかして、アンリがブチギレたんだと思ったけれど、どうも様子が違う。
アンリは涙を浮かべながら、助けを求めるように私を振り返る。
「だ、だってこの人が、どうしてもってしつこく……」
「どうしてもって、何それどういう」
意味——と続けようとして、私は言葉を飲み込んだ。
ラストさんの様子が目に入ったからだ。
えへえへと恍惚な笑みを浮かべながら、色んな意味で昇天しそうになっている。
大量のヨダレ。
きったね。
「うわ、うわっ。どうしたらいいっ? どうしたらいいっ?」
垂れてくるヨダレにテンパるアンリ。
導火線の火が迫ってきてるみたいなリアクションだった。
「とりあえず手を離したら?」
私に言われ、パッと手を離す。
支えを失ったラストさんは、顔から地面に倒れ込んだ。
アンリが怯えたように私の腕に抱きついてくる。
「……アンリ」
「ち、違うんだってっ。この人がっ」
「それはわかってるよ」
「え? じゃあ……」
「お願いされたからって、知らない人の首締めちゃダメでしょ」
「あぅ」
ビクビクと痙攣していたラストさんが、唐突に意識を取り戻してガバリと起き上がる。
そしてアンリの姿を認め、深々と頭を下げた。
「いやぁ、ありがとうございます。さすがアンリ様、聞きしに勝る暴力性。ジロー様はどれだけ頼んでも酷いことしてくれなかったので」
「お兄さんにも頼んでたんだ……」
私がついそうこぼすと、ラストさんが目をキッと釣り上げる。
「お前には話しかけてないんだよモブ女!」
「あ、すみません」
私は特に気にならなかったし、むしろ『モブ女』って呼ばれたことが妙にしっくりきたんだけど、アンリはそうじゃなかったようだ。
「モブ女? え、何? 今の春奈に言ったの?」
ラストさんの全身がびくりと震える。
すかさず私に土下座してきた。
「申し訳ない、春奈殿。アンリ様のご親友に対し、あるまじき態度でした」
「いや、私は別に」
「二度とあのような態度を取らないと誓うので、お許しいただけたら」
「……なんかむしろ、アンリに怒られるために、わざとぞんざいな態度取りそう」
「それはないのでご安心を、春奈殿。酷いことはされたいけど、ガチで怒られるのは嫌なので!」
「はぁ、そうですか」
てかなんだ、『春奈殿』って。
私をなんだと思ってるんだ。
(いや、違うのか。多分だけど、ラストさんは『殿』なんて言ってない。私がそう認識してるだけで……)
ラストさんのこの態度は、私に直接向けられたものじゃなくて、アンリを経由した敬意に過ぎない。
その微妙なニュアンスが、この人を食ったような大仰な態度に現れているのだろう。
(ああ、なんか頭がこんがらがってきた……)
アマンダさんが口を挟む。
「私がイジメてあげようか?」
「黙ってろ! 貴様にイジメられるくらいなら潔く死ぬわ雌豚が!」
ラストさんはピッと中指まで立てる。
また同じことを繰り返すのかな、と思ったけれど、そうはならなかった。
アマンダさんがシュンとする。
「私のためには怒ってくれないんだね、アンリ」
「え? あ、いや、それはその……」
アンリがあわあわとし、とってつけたようにラストさんに説教する。
「こら、ダメじゃない。アマンダさんにあんな態度取っちゃ」
「でも……」
「でもじゃないっ」
「むう。アンリ様がそうおっしゃるなら、善処はしてみますが」
「うわ、全然善処しなさそう」
「そんなことありません」
「本当は?」
「ガチで怒られるのは嫌ですが、心の籠もってない説教は心が潤いますな」
何もかもわからないことだらけだけど、管理者とか関係なくヤベー奴だってことはよくわかった。




