第207話 答えは沈黙
「離せって言ってるだろっ。この野蛮人がっ」
ラストさんがジタバタと暴れる。
「野蛮って」
アマンダさんはあっさりと解放した。
「いきなり背中を刺そうとしてきた君には言われたくないね」
「うるさいっ!」
「それにしても、随分といいナイフじゃないか」
「貴様のためにわざわざ作ったんだよ!」
「そうなんだ。ありがとう、大切に使わせてもらうよ」
「あ、違う! そういう意味じゃないっ! 返せ、ボクんだぞ!」
二人のやり取りから、今さっき何が起きたのかを理解する。
いきなり刺そうとするラストさんもラストさんだが、それを難なく防いでみせるアマンダさんもアマンダさんだ。
「もう刺そうとしないって約束できる?」
「できるかそんなもんっ」
「なら返すわけにはいかないね」
「返せっ! 返せっ!」
アマンダさんがナイフを高く掲げ、ラストさんがぴょんぴょん飛び跳ねている。
その様子を見ながら、私は疑問に思った。
(どうしたんだろ、アマンダさん……)
私の様子に気づいたアマンダさんが、
「どうしたんだい、春奈」
と日本語で尋ねてくる。
「この子に何か聞きたいことでも?」
「いえ、むしろアマンダさんになんですけど」
「私に?」
「どうして英語なんですか?」
「あ、そうだよね」とアンリが言う。「私も変だなって思って」
アマンダさんは首を傾げ、それからギンに視線をやった。
ギンもピンときていないらしく、困ったように首を振った。
「すまない、質問の意図がわからないんだけど」
「え? 今さっき、ラストさんに英語で話してたじゃないですか」
「そうだね」
それで? と視線だけで先を促してくる。
なんだか気味が悪くなってきた。
会話は成立しているのに、致命的なところで噛み合っていない感じがする。
「いやだから、なんで英語なのかなって。ラストさんは日本語を話してるのに」
「…………」
アマンダさんが固まった。
珍しい反応だ。
いやというより、そんな姿を見るのは初めてかもしれない。
ナイフを取り返そうと必死なラストさんに視線を落としてから、
「今も?」
と尋ねてきた。
「え?」
「今も日本語を?」
「あ、はい。『返せ返せ』って……」
なんなんだ、その確認は。
アマンダさんはラストさんに視線を固定したまま、独り言のように漏らす。
「私には彼女が英語を話しているように思える」
「……え?」
アマンダさんがギンに視線をやった。
ギンは困惑しながら頷く。
「オレも、英語を話してるようにしか……」
「ふむ」
アマンダさんはエスコートでもするようにアンリの背中をそっと押し、ぎゃーぎゃーと騒ぐラストさんの前に移動させる。
途端にラストさんの態度が変わった。
「あ、どうもアンリ様。お会いできて光栄ですっ」
「よく言うよ、丸四日も無視しておいて」とアマンダさんが言う。「本心じゃアンリのことなんてどうでもいいと思ってるんだろうね」
ラストさんの顔が青ざめる。
「ち、違います、アンリ様っ。こんなやつの言うことなんて信じないでくださいっ。ボクはただっ」
「え? いや私は別に……」
「じゃ、しばらく彼女の相手は任せたよ、アンリ」
「えぇっ!? ちょ、アマンダさんっ。任せたって言われても……」
「本当に違うんです! アンリ様ぁ!」
「わ、わかったからっ。やめてっ、くっつかないでっ」
ラストさんがアンリに、サイバイマンみたいに抱きついていた。
アマンダさんがちょいちょいと手招きし、私とギンを呼ぶ。
「どう思う?」
「どうって言われても……」
「彼女が話しているのは英語か日本語か、どっちなんだろうね」
「…………」
答えは沈黙だ。
だって多分だけど、その二択に正解はないのだから。




