第201話 朝ピュルリュルリー
小鳥の囀りで目を覚ます。
ピュルリュルリー、ピュルリュルリー。
フルートのような心地のいい音色。
ブラックバードの鳴き声だ。
海外だと、かなりメジャーな鳥だった。
ビートルズが曲名に採用するくらいには。
ネパールの奥地で丸焼きをご馳走になったこともある。
その時のことを思い出して、食欲が刺激された。
じゅるり。
日本には鳥獣保護管理法があるけれど、オランダだとどうなんだろう。
ブラックバードを捕まえて食べてもいいのだろうか。
そんなことを考えていると、ブラックバードが一斉に鳴き止んだ。
——どうして?
その美しい歌声をもっと聴かせてほしい。
じゃないと居場所がわからないじゃないか。
そう思ったんだけど、ブラックバードが再び鳴き出すことはなかった。
まあオランダに鳥獣保護管理法がなかったとしても、捕まえに行くことなんてできないんだけど。
博士が俺の腕を抱き枕代わりにして眠っているから。
カーテンの隙間から差し込む朝日に、俺は目を細める。
手を庇のようにして、博士の目元に影を作った。
そのまましばらくぼーっとしていると、部屋の扉がノックされた。
「すみません」
そっと博士の腕を解いてベッドから下り、カーテンの隙間をぴっちりと閉めてから、俺は扉に向かった。
女性のホテリエさんがいて、流暢な英語で尋ねてくる。
「こちらにキャシディ様はいらっしゃいますか?」
博士の部屋をノックしても応答がなかったから、俺の部屋を訪ねてきたようだ。
「はい、いますよ」
「…………」
彼女はなぜか黙り込んで、バスローブ姿の俺の全身を、視線だけでサッと確認する。
「どうかしましたか?」
「あ、いえっ。失礼いたしましたっ」
なぜか慌てるように頭を下げてきた。
話を聞いてみると、どうやら博士は別世界の人たちとの朝食会の段取りをしていたようだ。
その準備を始めていいか、という確認に来たらしい。
「ちょっと待っててください」
俺は博士の元に向かう。
肩を揺すり、ホテリエさんの話をそのまま伝えた。
「……無理。連中に飯だけ運んでくれって伝えてくれ」
「俺だけでも行きましょうか?」
「お前だけ行ってなんになるってんだ」
確かに、俺だけ行ってなんになるんだろう。
我ながら、トラブルを巻き起こす未来しか見えない。
「じゃあ俺たちの朝食も、この部屋に持ってきてもらいましょうか」
「……私の分はいい」
「そうですか、わかりました」
ホテリエさんに朝食会は中止で、食事だけを彼らのところに運んで欲しい旨と、俺と博士の分の朝食を二人前ずつ用意して欲しい旨を伝えた。
よし、これで四人前の朝食を確保だ。
「かしこまりました」
そう恭しく言ってから、ホテリエさんは好色そうな上目遣いを向けてくる。
「お二人とも、随分とお腹が空いていらっしゃるのですね」
まさか突っ込まれるとは思っていなかった。
このままだと博士が、大食いキャラだと勘違いされてしまう。
俺の食い意地が張っているだけですと正直に打ち明けようと思ったんだけど、俺は英語が流暢なわけじゃないから、咄嗟に言葉が浮かんでこなかった。
(食い意地ってなんて言えばいいんだ?)
結局、
「俺も博士も疲れてるので」
と当たり障りのない返答をした。
しばらくして四人前の朝食が運ばれてくる。
ベーコンエッグにサラダとフルーツ、それからチーズトースト。
オランダっぽい、というよりはヨーロッパっぽい朝食だった。
俺がパクパク食事していると、博士が起き上がってきて俺の向かいの椅子に腰掛けた。
「博士も食べますか?」
「いい、コーヒーだけくれ」
「はい」
カップにコーヒーを注いで博士の前に置く。
一口飲み、ほっと息を吐き出した。
博士の表情が少しだけ緩んだ。
「カーテン開けます?」
「そうしてくれ」
立ち上がり、カーテンを開ける。
快晴だ。
心地のいい日差しが差し込んでくる。
まあ博士の部屋同様、見晴らしはめちゃくちゃ悪いんだけど。
でも街路樹の枝と花壇に植えられた低木が見えるだけ、多少はマシだった。
博士は目を細めながら窓の外を眺め、コーヒーをもう一口啜る。
俺も特に何も言わず、もぐもぐチーズトーストを咀嚼しながら、博士につられて窓の外に視線をやった。
穏やかな朝だ。
鳥の囀りが一切聞こえてこないのが、不自然に思えるほどの。
*
そのまま何事もなく時が過ぎ、昼に差し掛かった頃。
昼食は何かな〜、なんてワクワクしていたら、ホテルの中がにわかに騒がしくなった。
何かあったのかなと思っていると、
「アメリカに行ってた連中が戻ってきたみてえだ」
と博士が端末を操作しながら教えてくれる。
「ああ、そうなんですね」
それにしても、と俺は思う。
「あ? どうした?」
「いやなんか、結局俺と博士って、ずっと同じ部屋にいたなって思って」
「なんだそりゃ。嫌だったのかよ」
「え? 嫌?」
俺は首を傾げる。
「なんだよ」
「いやなんというか……。いいとか嫌とか考えもしなかったなって。なんでだろ。俺って誰かと一緒にいると、気疲れとかするタイプのはずなんだけど……」
だからソロキャンプにどハマりしたわけだし。
「でも博士にはそういうのないですね。なんか一緒にいて落ち着くっていうか、自然に過ごせるっていうか」
なにせおしっこを掛け合った仲だ。
今更気を遣ったりはしない。
「…………」
博士は大きなため息を吐き、自分の頭をガリガリと掻いた。
「は、博士?」
「うるさい、黙れ。お前はもう何も喋るな」
「す、すみません……」
何か怒らせるようなことを言ってしまっただろうか。
そんなことを考えていると、誰かが近づいてくる気配がする。
一瞬、脱メイルさんかと思った。
でも違う、アマンダだ。
「やあジロー、久しいね」
「久しいって、一週間程度じゃんか」
「君に恋焦がれる私にとって、悠久にも等しい時間だったよ」
「はいはい」
いつもと変わらぬ調子に、適当に受け流していると、
「はいこれ、お土産」
とアマンダが何かを差し出してきた。
「ありがとう」
反射的に受け取ったんだけど……。
それは人だった。
いや、違う。
人と同じ姿をしているだけで、俺たちとは全く違う存在だ。
それこそ本当に、随分と久しい気がした。
「ラスト?」
「じ、ジロー様ぁ……」
間違いない。
涙ぐみながら上目遣いを向けてくるのは——
ラストヘイブンダンジョンの管理者だった。
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