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第197話 パブロフの犬のごとき条件反射

 ノックの音がして、俺は物思いから引き戻される。

 扉を振り返ってから、指示を仰ぐために博士を見た。

 博士が顎で「出ろ」と指示してくる。


 パブロフの犬のごとき条件反射で体が動きそうになったが、ギリギリのところで踏み止まる。

 脱衣verのフルメイル、略して脱メイルさんの様子が気になる。

 ほんの数メートルとはいえ、博士の傍を離れることに抵抗があった。


 俺が首を振ると、博士は「あ゙ぁ?」と顔を歪めた。

 実際は何も喋っていないのに、俺は確かに博士の声を聞く。

 不良のメンチ切りみたいだけど、威嚇しているとかではなく、ただ疑問に感じているだけなのが俺にはわかる。


 俺はチラと脱メイルさんを見た。

 それだけで意図が伝わったようだ。

 博士は呆れるように鼻から息を漏らし、でも特に不満を呈することなく、頭を掻きながら扉に向かった。


 しばらくして、ホテルマンがカラカラと音を立てながらワゴンを押して入ってきた。

 それも一人や二人じゃない。

 大勢のホテルマンが電車みたいに連なっている。


 ワゴンには湯気の立つ食事が載せられていた。

 俺は脇に避け、彼らが通れるスペースを開ける。

 ホテルマンは一礼し、俺の横を通り過ぎた。


 鼻腔をくすぐる香ばしい匂い。

 ずっと意識しないようにしていた強烈な飢餓感が俺を襲う。

 俺はそれこそ条件反射のように手を伸ばし、球体のコロッケみたいなものを口に放り込んだ。


 そしてひと噛みし、肉汁と脳汁が同時にぶしゃーと溢れ出すのを感じてから、ハッとして博士の方を見た。

 博士は友達がおじさんと腕を組んで夜の街に消えるところを目撃してしまった女学生みたいな顔をしていた。


「違うんです、本当に無意識で」

「……犬でももっと自制が利くぞ」


 俺はシュンとする。

 そうこうしているうちにも料理はどんどん運び込まれて、奥の部屋のテーブルに載せられていった。

 その光景を、俺はじっと見つめる。


「なんちゅー顔してんだ、お前」

「……だって」

「泣くんじゃねえ」


 博士は嘆息する。


「私らも一緒に食うんだよ」

「え、そうなんですか?」

「親睦を深めるのに、同じ食卓を囲む以上のことはねえだろ」

「まあ、それは」


 世界中を旅して色んな文化に触れてきたけれど、確かに食事を共にするのは基本的に友好の証だった。

 一緒にご飯を食べることが宣戦布告を意味する、なんて話は聞いたこともない。

 でもそれはこっちの世界の話であって、別世界もそうである保証はないような……。


「だとしたら、もうどうしたって仲良くなんてできねえよ。人によく似たバケモノとでも思って対応した方がいい」


 なるほど、つまりそれは一つの試金石というわけだ。

 本当に分かり合えるかどうかの。


「博士のお考えはよく分かりました。俺も賛成です」

「早く飯食いたいだけだろ」

「はいっ」

「いい返事だなおい」


 運び込まれる料理は彼らにとっても、まさに垂涎もののようだった。

 今にも飛び付かんばかりだ。

 でも俺のように摘み食いすることはなく、目の前を通り過ぎていく料理の数々を、パレードのように見つめていた。


「ふむ、少なくとも俺よりは自制心があるみたいですね」

「連中はお前のこと、人によく似たバケモノだって思ってるだろうよ」


 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているものだ。

 彼らからしてみれば俺たちこそが、言語も文化もわからない別世界人なのだ。


「……どうしたら誤解が解けますかね?」

「誤解じゃないから無理だろ」


 それは過去一で酷い暴言な気がする。

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