第196話 やれることはやったみたいなツラ
リアクションが一切ない。
気まずい沈黙だけがそこにある。
「…………」
「…………」
俺は挙げていた手を、何事もなかったようにスッと下ろした。
「どうした?」
背後から声をかけられ、俺は博士を振り返った。
「めちゃくちゃ警戒されてます」
「だろうと思った」
「すみません、力及ばず」
「やれることはやったみたいなツラすんじゃねえ」
博士が嘆息しながら部屋に入ってくる。
「まあ気にすんな。最初から期待してなかったから」
人によっては傷つきかねない言葉だが、俺レベルになると「ありがてぇ」としか思わない。
昔から期待されるのが苦手なのだ。
より厳密に言うなら、誰かをガッカリさせてしまうのがとても怖いのだ。
だから博士の俺に対するスタンスは、めちゃくちゃ心地よかった。
「なんで罵倒されて喜んでんだお前。気持ち悪い……」
「そういう悪口は普通に傷つくのでやめてください」
「基準がわからんし、余計に気持ち悪いだけだボケ」
やめてって言ったのに。
博士は端末を操作しながら、俺の脇を抜けて彼らに近づいていく。
ああそんな無防備な……と俺はハラハラした。
最近歩けるようになってきた子供を見守るような心境だ。
漏らす頻度も同じくらいだし。
そろそろトイレトレーニングとか始めた方がいいかもしれない。
博士は端末を見つめながら、何かを待っている様子だった。
しばらくして、端末を彼らに向ける。
一瞬だけ画面が見えたけれど、そこにはザガンさんが映っていた。
きっと病院に事前に連絡を入れて、段取りをつけていたのだろう。
そうだ、こっちにはザガンさんがいるのだ。
人質——というわけではないけれど、そのことは大きい。
死にかけていた彼をダンジョンから運び出し、命を救ったのは紛れもない事実なのだ。
そのことが彼らとの関係に悪い影響を及ぼすわけがなかった。
現に博士がザガンさんを連れてきてくれたことで、彼らの態度が劇的に軟化したのだから。
まあ今も絶賛警戒されまくっているんだけど、でもバリバリ殺しに来てたことを思えば、デレたと言っても過言ではないと思う。
……いやデレてはないな。
さすがに過言過ぎた。
ともかくあれがなければ、彼らがホテルまで付いてくることもなかったはずだ。
もちろん利用するためにザガンさんを助けたわけではないけれど、だからといってそこを糸口にしない手はない。
というかそこにしか糸口がない。
やっぱ博士は聡明だなと思うと同時に、できれば事前に教えておいて欲しかったなぁ……という思いが湧いてきた。
まあ博士からしたら、そういったことを話し合うために、俺と同じ部屋を使おうとしていたんだろうけど。
だがなんの因果か俺は部屋から蹴り出されて、結果的に事前に何も教えてもらえなかった。
この場合、悪いのは俺か博士、どちらなのだろう。
(……まあ七対三で俺ってとこかな?)
博士が端末をテーブルの上に立てかける。
彼らが近づいてきて、その画面を覗き込んだ。
薄い板の中に仲間が閉じ込められている! と勘違いして怒ったりしないかな、と少し不安になったけれど、さすがに彼らのことを舐め過ぎていた。
驚きはしつつも、それが離れた場所とやり取りするための道具だと、すぐに理解したようだ。
端末越しにザガンさんと言葉を交わしている。
部屋に充満していた緊張感が、少しだけ和らぐのがわかった。
俺は内心でホッとしつつも、同時に違和感も覚えていた。
端末に食いつく仲間たちをよそに、フルメイルだけが少し離れたところから傍観していたのだ。
彼女が一番協力的だったはずなのに——
無関心というわけではなさそうだけど、どこか投げやりな態度に思えた。
一体何があったのだろう。
(……もしかして別人だったり?)
なにせ彼女はもうフルメイルではないのだ。
鎧は脱がれ、部屋の隅に置かれていた。
彼女の素顔を見るのはこれが初めてだった。
でも別人なわけもない。
他にいないから、というのもあるんだけど、彼女の存在感は鎧の有無程度で誤認するような代物ではなかった。
色素の薄い髪と瞳。
褐色の肌。
そして彼女は——
悲惨なほどに美しかった。
(……悲惨なほどに?)
俺は自分の思考に疑問を持つ。
どうしてそんなことを思ったのだろう。
悲惨だなんて『美しい』を修飾するのに相応しい言葉ではない。
でも彼女を目にした時に、俺は悲しいと思ったのだ。
彼女が今、悲しみにくれているとかってわけじゃなくて——
一人じゃ到底背負い切れないほどの悲しみを、たった一人で背負い込んでいるような。




