第195話 すれ違いコント?
「にしても、一体何者なんだろうな、あの男は」
一通り大騒ぎし終えて落ち着いてきたタイミングで、パッケが誰にともなく問いかけた。
「まさか城に招待されるなんてな」
ヨルも同じ思いだった。
とはいえ、あの男が貴族というわけではないのだろう。
後から現れた小柄な少女。
男は彼女に付き従っているように見えた。
騎士——
といった感じでもなかった。
よくて従者、もっといえば奴隷のような立場に感じた。
そのことに驚きはしない。
本来、強さと身分は全く別軸の話だ。
ヨルが普通じゃないだけで。
(それでいうと、あの少女もお姫様って感じではなかったが)
むしろ立ち振る舞いが、あの男なんかよりもよっぽど粗野だった。
とても良家の出身とは思えない。
それもまた、ヨルが言えた話ではないのだけれど。
そんなことを考えていると、気配が近づいてくる。
今更慌てることはない。
もう郷愁さえ覚えるほどだ。
仲間たちも当然、その気配に気づく。
会話を打ち切り、真剣な面持ちで視線を交わしていた。
誰からともなく動き出し、それぞれの武器を握った。
男が扉の前で立ち止まる。
扉を叩く音が響いてきた。
その行為は何を意味するのだろう?
音はとても控えめで、挑発するような意図は感じない。
でもその静けさが、かえって不気味だった。
しばらくして、また扉が叩かれる。
繰り返すということは、こちらのリアクションを待っているのかもしれない。
(……出てこいってことか?)
この世界では、声をかける代わりに扉を叩く慣習があるのかもしれない。
ヨルの感覚からすると、それは随分と礼節に欠けているように感じる。
貧民街で生まれ育った者ならまだしも、少なくともこんな立派な城に住まう者の振る舞いとは思えない。
それとも、だからこそだろうか。
城に招きはしたが、礼儀を払う気はないと、そういう意思表示なのかもしれない。
仲間たちが指示を仰ぐようにヨルを見る。
だがそんな目で見られても困るのだ。
ヨルだってこんな状況は微塵も想定していなかったのだから。
そうこうしているうちに、カチャリと扉が開かれる。
男の気配が、音もなくゆっくりと近づいてくる。
部屋の中に緊張感が張り詰める。
物音を殺して近づくのは、ヨルたちの世界では反意の表れとされているのだ。
だが顔を覗かせた男は、敵意なんて微塵も抱いていない——
それどころか間抜けにも思える気の抜けた表情を浮かべていた。
そして「ハロー」とよくわからないことを口にしながら、片手の手のひらをこちらに向けた。
ああ、まただ、とヨルは思った。
この男はいつもあべこべだ。
手のひらを見せるのは挨拶の作法だった。
武器を持っていないこと、引いては敵対する意思がないことを相手に示しているのだ。
家族や友人の場合、お互いにその作法を省略することで親密さを表したりもするのだが……。
ともかく男の振る舞いは、作法に則ったものに思える。
だが男が見せたのは片手の手のひらだけなのだ。
そして——
もう片方の手にはアステリオの剣が握られていた。
もちろん男がエルヴァス国の挨拶の作法を心得ているわけもない。
片手の手のひらを見せたのは、全く別の文脈からくる振る舞いなのだろう。
頭ではそう理解しつつも、どうしても歪さというか、不協和音のようなものを感じてしまう。
思えば、この男は最初からそうなのだ。
ノグ=サルアインの祭壇を埋め立てて作られた玉座で、自分こそが神様だと言わんばかりの態度でふんぞり返っていた。
かと思えば戦うことには消極的で、ヨルたちを傷つけることを恐れているようにすら感じた。
そして今——
武器を片手に持ち、もう片方の手のひらをこちらに向けている。
(……わけがわからない)
混乱させることが目的だとしたら、まんまと相手の術中に嵌っていることになる。
いっそわかりやすく敵対の意思を見せてくれたら。
ヨルはそんなことすら思った。
争いたいわけではない。
人を殺めることや他者の土地に土足で踏み込むことに、抵抗がないと言えば嘘になる。
だがヨルたちは、その覚悟を持ってここにやってきたのだ。
家族を、仲間を、国の民たちを救うために。
そもそもこれが初めてというわけでもない。
人の命や生活を奪うことに慣れているとは言わないし、慣れたいとも思わないけれど、隣国と滅びに向かう世界の限られた資源を巡って、ずっと争い続けてきたのだ。
それを今度は下界でやるだけだ。
それだけのはずだったのに。
(……もういっそ、暴れてしまおうか)
相手の思惑も、自らの矜持も、民の期待も、仲間の信頼も、王族としての立場も、ここにきた目的も、聖女としての役割も——
その全てを投げ出して。
ああ、それができたらどれほど気持ちがいいだろう。
色々なものにがんじがらめにされ、心の奥底にずっと押し込めてきた破滅願望に近い甘い誘惑を、ヨルは初めて自覚した。
【創作裏話】
ヨルたちの世界はいわゆるナーロッパ的なものではなく、この世界と酷似しつつも全く別の文化や発展を遂げた世界でして、ヨルの視点を通してそういう部分を描写できたらなと考えていました。
異世界をわざわざ別世界と呼んでいるのも、それが理由の一つだったりします。
でもいざ書いてみて思ったのですが、やってることは結局のところ、すれ違いコントと同じだなーと。
しかもこれといって笑いに繋がっていないという。
前にもどこかで書いた気がするのですが、こういう時、視点を自由に切り替えられる漫画が本当に羨ましいなと感じます。
ジローの行動に即座にヨルの視点からリアクションして、またすぐにジローの視点に戻る。
そうできたら読み味がもっとよくなるだろうになぁと。
創作って難しいね! ってお話でした。




